8.27.2012

アパート探し

先日アパートはサクっと決めたと記したが、物件に巡り合ってからが早かっただけで、実際のアパートハンティングは2,3週間かかった。

そもそも何でアパート探しから始まったのかというと、慎重派の彼がワタシのビザ発行に有利にする為にと動いてくれたからである。住人一人当たり20平方メートルなど、住居規制は厳しくないのだけれど、何しろ新婚である。彼がシェアしているフラットを出る形でアパートハンティングを始めた。 使用したサイトはBorligPortal デンマーク最大の不動産サイトらしい。

 コツはとにかくフットワークを軽く、色々な物件を見る事くらいだろうか。運よく収納、洗濯機、乾燥機、冷蔵庫付のアパートの契約を結ぶことが出来たのだが、その後の実際住める状態になったのは、契約3週間を過ぎた頃だった。

8.20.2012

On Marriage 3

デンマークでの滞在許可について

配偶者がデンマーク人だからといって簡単に住めない国、移民難国デンマーク。

そもそもビザの名前(Family Unification)から「離れ離れになっている家族を一つにしてあげましょう」的な、上からの目線を感じる。在留許可(Residence Permit)とか、滞在許可(Residency)とかで良くない?

まぁ、隣国で起きている出来事から反移民感情が沸くのもわからなくもないが、要求事項を満たせないカップルが可哀相になるくらいである。幸いにしてワタシ達がクリアしなければいけなかったのは住居事項だけだったので、サクっとアパートを決め引っ越した。申請書に記載したのはこの新しい住所である。

さて、この悪名高い申請書、 ワタシ達の場合は38ページあったのだけど、既にワタシはデンマーク入りしていたので実際記入したのは2/3くらい。自分について聞かれたのが数ページだけで、思ったより悪くなかった。逆にこれだけで良いの?ってくらい。履歴書程の細かさは求められなかった。

事前にワタシのパスポート、婚姻証明書、アパートの契約書をコピーし、コペンハーゲンにある移民局へ直接出向いた。

郵送も出来るのに何故?と思われるかもしれないが、提出ミスがないか窓口で確認出来るのと、何よりその場で申請書が受理されたという証明が貰えるからだ。

当日は待ち時間に備えて本を持参し、移民局へ。業務は8時30分からだが、8時から受け付けが始まるシステム。結局ワタシ達は2時間待ったが、これは申請者に対応する職員数が足りないからだろう。実際サクサク捌いている印象を受けた。

そして、ワタシ達の番。職員が書類を一枚一枚確認し、パスポートには申請済みのスタンプが押された後、顔写真を指紋を取られ手続き終了。これでシェンゲン協定の3ヵ月を過ぎても堂々とデンマークにいられる訳だ(デンマークから出られないという見方も出来る)。

さて、何か月で許可が下りるやら・・・。


8.13.2012

On Marriage 2


国際結婚について(日本大使館での手続きについて)

現地での婚姻が完了したらその次に済ませなければならないのが日本での(ワタシの戸籍の)手続きである。
郵送でも可能だが、ワタシ達はそのプロセスを楽しみたかったので、
平日にコペンハーゲンの日本大使館へ出向き手続きを済ませた。
事前に電話にて確認した時に必要と言われた書類は以下の通り。


婚姻証明書(原本)
婚姻証明書(和訳 自分の訳で可)
婚姻届2通(日本大使館にある)
戸籍謄本2通
相手のパスポート(原本 郵送の場合は警察で取ったコピーとなるらしい)


厳重なセキュリティーを通過し、大使館で婚姻届を記入。受理されたところから、どうやら日本でも既婚の身分になったらしい(というのは、思い返すと婚姻証明書のコピーを渡しただけで、和訳は提出しなかったような・・・)。



悪名高い滞在許可についてはまた次回。

8.06.2012

On Marriage


国際結婚について(現地での婚姻について)

国際結婚されているカップルは日本で先に手続きをされている方(いわゆる日本式)が多く
現地で申請する場合についてあまり情報が得られなかったので、今回自分が用意した書類について記しておきたい。
(この情報は申請する国・自治体により異なると思うのであくまで参考程度にして下さい)

ワタシが出国前に婚約者から用意を促されたのは、
ワタシが独身であることの証明=婚姻要件具備証明書の原本と英語版+アポスティール


踏んだ手順は、まず戸籍謄本を入手。それを以て
      ↓
法務局にて婚姻要件具備証明書を申請する(要印鑑、身分証明書、戸籍謄本)。
      ↓
その証明書をしかるべき言語に翻訳(個人での翻訳を受け付けないこともあるとの情報により、翻訳会社に委託)。
      ↓
今度はその翻訳を公証人役場で認証して貰う。
      ↓
その認証して貰った翻訳をまた法務局(民事行政部総務課)で公証人押印証明を貰う。
      ↓
こうして翻訳が原本の内容と間違いがない事を証明してようやくアポスティールを申請。


ワタシはそこまで急がなかったし、地元から離れていたので
戸籍謄本の郵送での申請からアポスティールを受けるまで3週間を要した。
翻訳も入手していた情報の金額より見積り価格が高かった為、公認翻訳家ではなく一般の翻訳家にお願いした。
通常、翻訳をした本人が公証人役場へ赴くようで、
案の定、ワタシが「翻訳内容に間違いはない」と一筆書くことになったが、公認翻訳家の見積り価格の半額で済んだ。
原本と英語版では発効日が異なった為、アポスティールの申請書はそれぞれに添付した。
外務省へは郵送にて申請。レターパックライトにて追跡したところ月曜日着、木曜日発送のスピード発行だった。

現地の自治体へは二人で出向いた。提出したワタシ側の書類は
婚姻要件具備証明書の(見向きもされなかった)原本とその英語版とパスポート。
婚約者側は身分証明書のみ。そして二人でサインした書類が2部。
何も問題なく、1週間後に式の予約を済また。教会婚ではなく、自治体の一室にて。英語でお願いした。

渡欧前、アポスティールを貰う前の時点で書類をスキャンし、自治体で問題がないか調べて貰っていたので
それほど不安はなかったが、ワタシが提出した書類はコピーを取られて原本が返却されたのには驚いたし
(事前に聞いていたが)データ化が進んでいるので婚約者の出生証明も必要なかったし、
平日なので立会人も市の職員である。合理的過ぎて素敵だ。

式当日は割り振られた時間内で「I do」を済ませ、
婚姻証明書(デン語と国際版)を受け取る。これにて現地での婚姻に関する手続きは完了。
とは言え日本でのワタシは未婚の身分。その後の日本側での手続きに関してはまた次回。




7.30.2012

On Flight


渡欧に際して

今回の渡欧に関し、頭を悩ませたのが航空券である。
シェンゲン協定国90日のビザなし入国はクリアしていても
以前ヨーロッパで購入したチケット(日本-欧州間)の復路分しか持っていなかったのである。
それでも日本帰国のめどすら立っていなかったので
買い直すことなく、そのまま強行入国した。

という響きは悪いのだが、入国時には婚約者の情報、
婚約者が移民局にこの件に関して問い合わせたメールのコピーとその英訳、
そして帰る気になったらいつでも航空券くらい買えますとの銀行残高証明を
事前に準備しておいたし、まとまった金額の現金もあった。
出国時の航空会社カウンターでもその旨は説明した。

ドキドキの入国審査。知らないフリして団体旅行グループに紛れ込もうも
そんなグループはなく、明らかの個人旅行者。
審査官はパスポートを1枚1枚チェックしただけで何も聞かれることなく欧州入りを果たした。
今までで一番簡単な入国だった。

今回の渡欧、1日弱で4便を乗り継ぎデンマーク入りを果たした。
長距離フライトでは隣の席が空席だったので、リラックス出来たとはいえ
大荷物を抱えてのフライトは今回で最後にしたいと切実に思った。

7.22.2012

Prologue (其の弐)


 
ワタシはデンマーク人と結婚するに当たりデンマーク語(以下デンマ語)と向き合わなくてはならなくなった人間である。北欧語でもノルウェー語(以下ノル語)とスウェーデン語は比較的容易な言語と言われているが、デンマ語に関しては話は別らしい。

デンマーク滞在歴3日の渡欧前の個人的主観としてのデンマ語は、発音は口にジャガイモを突っ込んだまま話された訛りのあるドイツ語に聞こえ、視覚的にはうろ覚えのノル語であった。北欧語なんて英語とドイツ語とのミックスだろう?とタカを括っているワタシはそのうち痛い思いをするであろうが、ワタシには奥の手があるのである。

デンマークこそ今年まで行ったことがなかったが、ワタシには一年ノルウェーで過ごした経験があるし、ドイツにもいたことがあるし、ドイツ滞在時には何とデンマ語を受講していたことがあるのだ(えっへん)。だから何だ?と思われそうだが、隣国同士言語が似ていないと言えば嘘になる。デンマ語の表記はまるでノル語だし、発音もそこまで違うわけではないのだから(ノル語の発音はスウェーデン語のそれに近い)。だからノル語と英語とドイツ語の知識を総動員すれば何とかなるであろう。ある程度は。

まぁ、そんな過去の遺産の上に胡坐をかいていても言語は上達しないので、渡欧が決定してから3週間程度だが、数冊のテキストはこなしてみた。それらの感想は後程アップの予定だが、渡欧後どれだけデンマ語をモノに出来るか、お手並み拝見ってトコかしら。ってか、プロローグって分けて良かったっけ?

7.16.2012

Prologue (其の壱)




ワタシはデンマーク人と結婚するに当たりデンマークに引っ越してきた人間である。
初回のデンマーク滞在は3日間。来訪2度目が移住目的である。そして移住の準備期間はわずか1か月半(ヒャッハー)。

仕事は辞めた直後だった為、引越しと言う私事に専念出来たが、自分の城であった一人暮らしのアパートを引き払うのは、決して心躍るイベントでもなかった。アパートを引き払い海外への引越すのはこれが初めてではなかったが、今回は実家へ戻らずの直接移住だった為、思い出したくない労力を伴った。

日本を離れるに当たり、事前に将来必要になりそうな書類を集め、国民年金、健康保険、税金、戸籍関連、金融関連、移転届の提出等の絶対必要な手続きをこなした。そしてアパートの解約、渡欧のフライトの変更、欧州内移動のチケットの予約、携帯電話の解約、ジム・ガス・電気・水道・ネットの解約、保険金払い戻しの手続き、アパートを退去した後の出発までの宿の確保、空港へのスーツケースの輸送等の手配を完了させた。後は所持品を振り分け、発送・処分するのみとなったが、これには最後まで泣かされた。

デンマークへの荷物は船便で送った。一度にまとめて送ると安くなるのは知っていたが、
小さ賃貸にそのダンボールを保管する場所があるわけもなく、パッキングが終わる度に発送した。小型の生活家電などオークションで売れるものはオークションで売り、家族・友人に譲れる物は引き取って貰い、それ以外の家具・家電は見積もりを取った上で、地元のリサイクルショップ数社に買い取って貰った。結局料金を払って処分した物は冷蔵庫、ベッド、大型の机、寝具のみに留まった。大量の本は自分で持ち込めなかったので、図書館へ寄付した本以外の洋書は買い取りに来て貰った。換金目的より、ワタシの手を離れてもまた使って貰いたかったので純粋に嬉しかった。残ったもののほとんどは実家に送った。ワタシも物を捨てられない人間だが、このDNAは間違いなく両親から譲り受けたものである。

アパート引き払い前々日は徹夜でスーツケースをパッキング・空港へ発送し、実家への荷物をまとめ、アパートの掃除をした。その甲斐あって契約時に提示された最低限の清掃料以外の料金は請求されなかった。敷金・礼金なし物件だったので、嬉しい誤算であった。

友人が提供してくれた宿泊先でリラックスした後、空港でジャスト23キロのスーツケースを受け取った。この渡欧で地球を1周半したことになる。もうお役目放免だろう。チェックインを済ませ機内に乗り込んだ。

離陸準備時には職員が作業している様子を眺めるのが好きなのだが、彼等が手を振ってくれているのを見て思わず涙した。このサヨナラは今までのそれとは別の意味を持っていたからだ。