先月敗北したコミカレ戦に懲りることなく、次なるターゲットを絞り、近く(でもないが)の大学で開催されているコースを取ることにした。運よく初回のレベルチェック日は彼が運転手を務めてくれることになり、ドライブデートを兼ねた通学路と駐車場の下見は事前に済ませておいた。
話は変わるが日本とイギリスは共に右ハンドルで、左ハンドルの他のヨーロッパの国々と違いそれ程運転に差はないのだが、違うのはウィンカーとワイパーが逆と言うことだろうか。飲み込みの遅いワタシは晴天時に不必要にウィンカーを作動させて一人あたふたした事が何度もあった。逆に雨天時のウィンカーの記憶がないのはワタシが学習した訳ではなく、それまで雨の日に車に乗る機会がなかっただけの話である。それ程運転に慣れていなかったペーパードライバーが一人で高速を使い遠出するのは、ある意味チャレンジングであり、他のドライバーにとっては迷惑以外の何物でもない行為である。
さて、緊張の授業初日、早めに帰宅してくれた彼とバトンタッチする形で車を確保。ラッシュアワー時の交通量は予想こそしていたし、ラウンドアバウトは恐怖の連続だったが、トラブルは一度エンストさせた位で冷や汗をかきつつどうにか学校に到着する事が出来た。ほっとない胸を撫で下ろしたが、この時は至難の帰路を迎える事のなるとは思いもしなかった。
授業後彼に帰るよテキストを送り、夕方のラッシュとは打って変わって静かな道路で、かなりリラックス。ナビゲーション(以下ナビ)を忠実に守り車を走らせるも、ラウンドアバウトでの出口が見当たらない。クルクル二周ほどまわった所でようやくワタシの乗りたい高速が道路工事で閉鎖されているも、ナビにその情報が反映されていない事に気付いた。いつも運転手を彼に任せっぱなしで土地勘が全くない自分に舌打ちしつつ、往路で使った高速道路よりもメジャーな高速に乗り、途中で下りて帰路に着く事にした。
心なしか行きよりもトラックが多く感じた道に慣れた頃、見覚えのある名前の町への出口で高速を降りてナビを再設定し、心新たにハンドルを握るも何か違う。段々と道幅が細くなり、田舎道と言うよりも、もはや農道?キツネやウサギの集団を目にする事、数回。対向車に道を譲ったらもう車道に戻れなさそうな程の一本道を延々と走らせされること数十分。ようやく家の光を目にした時のワタシは半泣きだったと思う。夜道が恐かった事もあるが、何かあった時にワタシの脆弱な携帯では対処出来ない不安の方が大きかった。
振り返って書いてみるとつまらないが、当時の自分にとっては一大イベントであった。何もなくて良かったが、それ以降は帰路の道路工事情報をチェックしてからナビを設定する習慣が付いたと、自分の名誉の為に書き加えておこう。
11.04.2013
10.07.2013
コミカレに敗れる
労働許可は下りたけれど、働く場所もないし、通勤手段も限られてるので、さらさら仕事など探していなかったのだが、いかんせんヒマ。このままだとアタマが溶ける、と、近くのコミュニティーカレッジ(以下コミカレ)のコースでも取ろうかとカタログを手にとったのだが、ドイツ語の人気のなさをつくづく実感させられた。じゃ、仕方が無いのでスペイン語でも取ろうと言う柔軟性にも欠けるワタシに残された道は英語のブラッシュアップ。せっかく英国にいるのだから、英語の資格が一つや二つあっても悪くなかろう。
早速電話でその資格のレベルのコースが開かれているか確認するも、散々たらいまわしにされた挙句、スッキリした回答が得られず、レベルチェック時に直接講師に問い合わせる事にした。
話は逸れるが、車がなければ何処にも行けない田舎住まいのワタシにはフラッと出かけるコトが不可能で、日中車が必要な場合は朝晩は彼の運転手を務め、車を確保しなければならない。こんな些細なコトがぐうたら主婦には良い刺激になるのである。と言うか、すっかりペーパードライバーに成り下がったワタシには心臓に悪い一大イベントなのだ。しかもワタシ達の車は新車。傷もつけたくなかったので休日の車が空いている日に車庫入れの練習に巨大駐車場を構えるコミカレまで出向く必死振りである。
で、やって来たレベルチェック当日。いつもより早起きして彼を会社に送り、冷や汗流してコミカレまで運転して行ったにも関わらず、ここまで念入りに事前準備をして来たにも関わらず、「アナタに合うレベルのコースはオファーしていないわ」のつれない返事。よくよく話を聞くと移民向けのコースしか開催していない様子。比較的大都市の近郊の語学学校の情報を貰っただけで終わってしまった(いや、そこに行きたくないから近場のコミカレで手を打ちたかったのだが)。
のらりくらりとした電話対応やら、講師の英語の資格の知識やら、イギリスの洗礼を受けていることを実感したコミカレ長期戦。生殺し的に敗北ですわ。
早速電話でその資格のレベルのコースが開かれているか確認するも、散々たらいまわしにされた挙句、スッキリした回答が得られず、レベルチェック時に直接講師に問い合わせる事にした。
話は逸れるが、車がなければ何処にも行けない田舎住まいのワタシにはフラッと出かけるコトが不可能で、日中車が必要な場合は朝晩は彼の運転手を務め、車を確保しなければならない。こんな些細なコトがぐうたら主婦には良い刺激になるのである。と言うか、すっかりペーパードライバーに成り下がったワタシには心臓に悪い一大イベントなのだ。しかもワタシ達の車は新車。傷もつけたくなかったので休日の車が空いている日に車庫入れの練習に巨大駐車場を構えるコミカレまで出向く必死振りである。
で、やって来たレベルチェック当日。いつもより早起きして彼を会社に送り、冷や汗流してコミカレまで運転して行ったにも関わらず、ここまで念入りに事前準備をして来たにも関わらず、「アナタに合うレベルのコースはオファーしていないわ」のつれない返事。よくよく話を聞くと移民向けのコースしか開催していない様子。比較的大都市の近郊の語学学校の情報を貰っただけで終わってしまった(いや、そこに行きたくないから近場のコミカレで手を打ちたかったのだが)。
のらりくらりとした電話対応やら、講師の英語の資格の知識やら、イギリスの洗礼を受けていることを実感したコミカレ長期戦。生殺し的に敗北ですわ。
9.10.2013
まだ土地に慣れていないと感じる時
あまりにも暇なので、ドイツ語でもやろうかな?と、引っ張り出して来たのは CASIO Ex-word XD-L7150 電子辞書
電子回路なんて全く分からないが、断線している様子もないので導電ゴムの劣化だろうと推測して処置を進める。嗚呼、日本だったらアルミテープなんてものが手軽に買えるのに。嗚呼、日本だったら両面テープなんて大抵の家庭にありそうなものなのに。
仕方なくノリとアルミホイルで応急処置。嗚呼、ホームセンターの場所どころか店名すら分からないイギリス生活2か月目。
7.30.2013
2013 夏の試み : 猛暑に玉砕 スカンジナビア語制覇
初めてのイギリスの夏は暑かった。ウィンブルドンをリアルタイムで観戦出来るなんて!と、出かけても暑いだけだし、連日テレビの前で一日の大半を過ごした。アンディ・マリー の優勝ゲームも一部始終観たが、翌日の再放送も全て観た程の浮かれっぷりだった。連日30度近くの真夏日でワタシの頭が溶けただけとの見解もあるが・・・。
で、件のスウェーデン語だが、たった一日でギブアップした。前日にデンマ語を読み倒し、一日目で折り返し地点の第10課まで進んだのは良いが、そこから一向に食指が湧かなくなってしまったのである。テキストのせいにしてしまえば、スウェ語テキストの第10課の一部(それも一文)がデンマ語のそれと違っていたからである。そんな些細なことでへそを曲げなくても、と今なら思えるのだが、とにかく暑さに弱いワタシである。全くやる気にもならなかった・・・。涼しくなったら再開しよう。きっと・・・。
7.23.2013
2013 夏の試み: 当たって砕けろ スカンジナビア語制覇
ワタシには長年温め続けていた挑戦があった。しかし、挑戦と言えるほどワクワクもしないし、野望と言えるほどギラギラしていなく、疑問とするには明快過ぎるし、第一全く利益にも何にもなりそうになく、十年以上一定の距離を置かれ優先順位の最下位にあったモヤモヤを何と表現して良いか、実は良くわからない。まぁ、わかるヒトには分かるし、縁のないヒトには全く面白くも何ともない話である。ただ、こうやってコトバで表現しようとすると過去の様々な感情が溢れては消えて行き、いかにその過去が自分に与えた影響の大きさに漠然とするのだ。うーん。まぁ、いいや。
ワタシが抱き続けて来たモヤモヤは、ノル語、デンマ語、スウェ語の1つを学んでしまえば、残りの2つを学ぶのがどのくらい容易であるか?というコト(ここでほっこりを狙って「北欧語」としてしまうとアイスランドやフィンランドも加わってしまうので「スカンジナビア語」としなければいけないらしい。面倒くさいな)。 実際スウェーデンに近い所に住んでいたワタシはスウェーデン人同士のちょっとした会話なら分かったし(例えば「寒くないの?上着は?」「カバンの中。」←しかし、この程度)、ちらほらと原書でアンデルセンに目を通し、読んだつもりでいた。出来て当然という環境にいた為か、これ等3ヶ国語はもはや「方言」とすら思っていたのは傍若無人っぷりが甚だしかった10代の終わりだ。
あれから十数年の時が流れ、ワタシもデンマークに移り、別の角度からこのモヤモヤに取り組む時が来た。きっかけになったのはこの方のブログ。 残念ながら更新は途絶えているが、何度読み返しても面白い。ワタシがこの方のような向上心を持ち合わせていないのだが、背中を押されたような気になりテキストを買い集め始めたのが去年の秋。母親からの荷物と共に送って貰ったのが今年の冬である。デンマークを離れデンマ語も一休止。時は満ちた。
初めて学ぶスウェ語からやっつけて行こうと思う。
ワタシが抱き続けて来たモヤモヤは、ノル語、デンマ語、スウェ語の1つを学んでしまえば、残りの2つを学ぶのがどのくらい容易であるか?というコト(ここでほっこりを狙って「北欧語」としてしまうとアイスランドやフィンランドも加わってしまうので「スカンジナビア語」としなければいけないらしい。面倒くさいな)。 実際スウェーデンに近い所に住んでいたワタシはスウェーデン人同士のちょっとした会話なら分かったし(例えば「寒くないの?上着は?」「カバンの中。」←しかし、この程度)、ちらほらと原書でアンデルセンに目を通し、読んだつもりでいた。出来て当然という環境にいた為か、これ等3ヶ国語はもはや「方言」とすら思っていたのは傍若無人っぷりが甚だしかった10代の終わりだ。
あれから十数年の時が流れ、ワタシもデンマークに移り、別の角度からこのモヤモヤに取り組む時が来た。きっかけになったのはこの方のブログ。 残念ながら更新は途絶えているが、何度読み返しても面白い。ワタシがこの方のような向上心を持ち合わせていないのだが、背中を押されたような気になりテキストを買い集め始めたのが去年の秋。母親からの荷物と共に送って貰ったのが今年の冬である。デンマークを離れデンマ語も一休止。時は満ちた。
初めて学ぶスウェ語からやっつけて行こうと思う。
7.02.2013
さよなら語学学校
日本を離れて11ヵ月が経った。区切りの良い1年ではなくて11ヵ月で振り返るのは、北欧某N国や、ドイツの大学町で過ごした期間が11ヵ月だったからだ。右も左も分からぬまま留学生活が始まり、何とか自分の力でやって行けるようになるまで11ヵ月かかった高校交換留学。単位を取りまくった大学交換留学。過去のそれらと比べてデンマークでの生活はかなり緩いものだから、もっと頑張らないとな、と自分で自分を叱咤するつもりでいたが、もうそれすらも叶わない。何故ならワタシは既にデンマークを去っているからだ。
何となくこの国を離れるかもと、雲行きが怪しくなって来たのはロックアウトが始まった頃だろうか。彼のLinkdinのプロフィールに興味を持った会社からアプローチがあり、ロックアウトが長引いているうちに、あれよあれよと転職が決まってしまったのだ。皮肉にも最終オファーが出たのは、ワタシのOpholdskort が届いた日だった。モジュールテストの前日は、引っ越し先のビザのアプリケーションを読み込んで、勉強どころではなかったし、テスト当日もパスポートをスキャンしたりと直前までバタバタしてテストどころではなかった。2週間程は申請手続きの書類集めやら、アパートの引き払い手続きやらで宿題すら出来ずに行き当たりばったりで受け答えをするというスリリングな授業を経験した。
先に述べた通り、ワタシのクラスメートは皆、出来るヒトばかりである。そしてワタシも北欧初心者ではない為、デンマーク語を学ぶのがそこまで苦ではない。そして手のかかる小さな子供がいるわけでもない気楽な身である。Job Center の(御目付役)担当者の感触も良かったし、クラス全体が11月にPD3を受ける流れだったので、ワタシも便乗して11月にPD3を受け、通常2年で終えると言われているコースを1年で終わらせるつもりでいた(し、先生にも太鼓判を押されていた)。無料で学校へ通えるのは3年なので、PD3後は残りの2年でゆっくりStudieprøvenの準備をするか、どうしても高得点が必要ならばPD3を来年の5月に受け、Studieprøvenに1年半をかけるつもりでいたのが、嗚呼、残念。ゆくゆくはぬくぬくとSUを受けながら院に進み、正規の学生をしているうちに永住権を申請するつもりだった(フルタイムの職に就くのは既に諦めている)のだが、嗚呼、残念無念。
純粋に楽しくデンマ語を学べたのが2ヵ月弱。移住テストの代案であるPD1受験の為にと引っ越し準備の合間に学校に通ったのが2ヵ月近くと、約4ヵ月という短い期間のワタシの語学学校生活はモジュール3から4に駒を進めただけで一時休止となった。再開の目途は立っていない。とは言え、こちらの家族はデンマークにいるのだから、これからもデンマ語との付き合いは続いて行く。堕ちない程度に自分でやって行くしかないな。
そんなこんなで昨年の秋から始めたブログも一時休止。もう、リアルの引越しでおなか一杯なので、このブログは図太く続けて行くけれど、カテゴリーは変える予定。
デンマーク関連の皆さん、短い間でしたがご愛読ありがとうございました。
何となくこの国を離れるかもと、雲行きが怪しくなって来たのはロックアウトが始まった頃だろうか。彼のLinkdinのプロフィールに興味を持った会社からアプローチがあり、ロックアウトが長引いているうちに、あれよあれよと転職が決まってしまったのだ。皮肉にも最終オファーが出たのは、ワタシのOpholdskort が届いた日だった。モジュールテストの前日は、引っ越し先のビザのアプリケーションを読み込んで、勉強どころではなかったし、テスト当日もパスポートをスキャンしたりと直前までバタバタしてテストどころではなかった。2週間程は申請手続きの書類集めやら、アパートの引き払い手続きやらで宿題すら出来ずに行き当たりばったりで受け答えをするというスリリングな授業を経験した。
先に述べた通り、ワタシのクラスメートは皆、出来るヒトばかりである。そしてワタシも北欧初心者ではない為、デンマーク語を学ぶのがそこまで苦ではない。そして手のかかる小さな子供がいるわけでもない気楽な身である。Job Center の
純粋に楽しくデンマ語を学べたのが2ヵ月弱。移住テストの代案であるPD1受験の為にと引っ越し準備の合間に学校に通ったのが2ヵ月近くと、約4ヵ月という短い期間のワタシの語学学校生活はモジュール3から4に駒を進めただけで一時休止となった。再開の目途は立っていない。とは言え、こちらの家族はデンマークにいるのだから、これからもデンマ語との付き合いは続いて行く。堕ちない程度に自分でやって行くしかないな。
そんなこんなで昨年の秋から始めたブログも一時休止。もう、リアルの引越しでおなか一杯なので、このブログは図太く続けて行くけれど、カテゴリーは変える予定。
デンマーク関連の皆さん、短い間でしたがご愛読ありがとうございました。
空港の出発ロビーに近い一時駐車場のサイン。駐車チケット発券機があるわけでも、管理(監視?)の職員がいるわけでもないが、皆マナーを守っている。そんなスマートさが好きだった。
6.25.2013
デンマーク滞在試験に抜け道あり
夏が来た。といってもここは北欧。そこまで暑くはないとは思うのだが、人々の肌の露出度に驚いてしまう。気持ちは分からなくもないのだが、目のやり場に困る。ついつい老婆心から「そんなに張り切って焼いたら40過ぎにはもうボロボロになってしまうわよ。」なんて、まぁ決して口には出せぬまま短い夏は終わってしまいそうだ。しかし、そうは問屋が卸さない。ワタシにはデンマーク滞在をかけたテストが待ち構えていたのだ。
ブログタイトルの「デンマーク滞在試験(って、さっき勝手にワタシがつけた)」とはDanskprøve A1 及び A2 を指し、語学学校終了時のテストであるPrøve i Dansk 1,2,3(以下PD1、PD2、PD3) とは異なるものである(嗚呼、面倒くさい)。 この Danskprøve A1 及び A2 等の語学試験は今まで日本を含むEU以外の先進国は対象外だったのだが、今回からEU加入国以外はもれなく対象となった(らしい)。ビザが発行されてから6ヵ月以内に受けろとのお達しである。
何だか偉そうだが年明け発表予定だったこのテストは、滞在試験内容がなかなか決まらず、3月になってようやく適用された曰く付きのテストである。ワタシの配偶者ビザは昨年の秋に下りたが、3月からカウントが開始されるので9月までに終わらせれば良いらしい。A1 に受かって晴れてデンマークでの滞在が可能と身代金の一部返金。更に A2 に受かれば更に返金で 無利子で預けていた50,000kr. の約半額が返って来るのだ。詳しくはパンフで。
大体の話は分かったが、テストのレベルってどのくらいなの?との疑問には以下の図が役に立つ(って、以前の図にCEFRを加えただけだが)。このA1とA2はCEFRでのレベルのことだろう。テストサンプルでは易しく感じても、A2+を取り払ってA2をひとくくりにしたら難易度が上がった感じがするな。
簡単に書いてはみたが、ここは悪名高いデンマーク、この試験もタダではない。それぞれ2,438.40kr.(5月上旬のレートで42,500円)もかかる。実際の受験時間は30分と短いが、受験場所はコペンハーゲンのあるシェラン島の一か所のみ。しかも試験対応時間、1日3時間の超お役所対応。現在の政権は過去のそれと比べるとわりと寛大(というか、まだましというレベル)なのだが、さすが移民難国デンマーク、期待を裏切らない。
期待を裏切らないと言えば、特例。社会に規律あり、法律に抜け道ありとは良く言ったものだ(って、さっきワタシが作った)。このDanskprøveにもきちんと抜け道が用意されている。A2(若しくはA1もだが、A1のみに限定するメリットはない)は Prøve i Dansk 1を7段落中、下から数えて3を取れば良いのだ(デンマークの現在の採点は、-3 ・ 00 ・ 02 ・ 4 ・ 7 ・ 10 ・ 12 というように7段階に分けていて、そのうちの02で今回のテストはパスとされる。5と8は混同しやすいから使用しないとか、2は12にごまかされやすいから02と表記する等、スケール表記は正直分かりづらい。詳しい段落の説明はココ。勿論、PD3等のもっと上のレベルの試験でも可)。受験料は1,224kr.で、しかも(多分通っている)語学学校(か、近辺)で受験出来るのだ。試験時間によっては前日入りも避けられない距離から、ワタシがA2ではなくPD1を選択したのは当然の成り行きと言えよう。
PD1の試験の説明会では、受験者が皆、良く話せるような印象を受けた(Danskuddannelse 1 と言えど皆さんモジュール6の学生なので、当然と言えば当然なのだが)。 筆記は先生が問題の説明をしている間に全て回答出来るくらい簡単なのだが、口頭試験の準備はしておかないとヤバいかも、と同じくPD1を受けるクラスメートと話して帰途についたのを覚えている。交通費を含め、時間的、金銭的ハードルは下がったが、実際のレベルはA2よりも高い。“Loophole!!!”と、喜んでばかりいられないのが移民難国デンマークでの滞在試験の抜け道である。
筆記試験は3時間という中途半端な試験時間な為か、コーヒー、水、甘い物等を持ち込んでいたヒトが少なく、張り切って準備したワタシは恥ずかしい思いをした(朝が早かったんだってば)が、単に皆、試験慣れをしていないようだった。「問題用紙にCPR番号を書くだけで、まだテストは始めないように。」という試験官を無視して問題を解き始める受験生が多く、唖然とした。何故ならこれ等のインストラクションは全て聞き取りやすい音量で一語、一語区切られて明瞭に話されていたからだ。デンマークに来てしばらく経つ気がするが、そんなデンマーク語を聞いたのは初めての経験だった。何度も書くように指示されていたCPR番号を書かずに注意を受けている受験生もいて、改めて運営側の大変さを知った。最初の2セクションは試験そのものより、忍耐強い指導官を観察していた時間が長かった。最後のセクションでようやく、試験時間内でも終わればその場で退場出来るようになったので、その前の休憩時にあらかじめ荷物をまとめておき、チャッチャとライティングを済ませ会場を後にした。この筆記試験は(失礼だが)本当に簡単で、受験前はクラスメートとテストのことを"Intellectual Insult"と、揶揄していたのだが、指導官の言っているコトすらわからなくて、ひょっとしたら落ちるかもしれないヒトもいるんだなと考えると同時に、(ワタシが言えた口ではないが、語学の面で)この程度の移民を受け入れるデンマークのコトを考えると何とも言えない気持ちになった。
ところでPD1の採点配分だが、筆記1/3、口頭2/3で採点される。筆記で12を取ったワタシは総合得点でも既に合格ライン越えの4を取ったコトになり、口頭試験は試験を受けさえすれば合格であると先生が(バラして)教えてくれたので一分間の簡単なスピーチだけ用意してリラックスして口頭試験に臨めた(が、スケールは-3からあるので、正確には単純に12/3=4ではないと思ったり。でも先生は確かに4と言ったのだが・・・。まぁいいや)。
口頭試験は5年ほどデンマークに住んでいるという中国人と組むことになった。大きなミスもなく、パートナーの足を引っ張ることもなく、つつがなく終了したつもりが、スコアは10だった。 文の構造も語彙も素晴らしいが、発音がひどかったらしい。正直ここ1ヵ月は全くと言って良い程、努力も何もしていなかったので、ぐぅの音も出ないが、まぁいいや。次に生かそう。試験結果を移民局に送れば全てが終わる。
※授業料を肩代わりしているコミューンにとって、移民がPD1を合格して学校を終了しようとPD3を合格しようと課程を修了したことに変わりはない。あくまでA2の代用試験として受験するのみで、学校は続けるとの意向を示し、コミューンの了解を取らないと恐ろしいことになる。これ等PDのテストは年に2度しか行われなく、受験締切は筆記試験の2か月前。ワタシの場合は移民局から手紙が届いたその日に語学学校及びコミューンに問い合わせて、回答(ゴーザイン)を貰ったのが締切日だった。受験料は次の日まで待って貰えた。ビザの手続きですっかり心が擦り切れてしまい、これ以上移民局に一銭も払いたくないという方にお勧めです。
ブログタイトルの「デンマーク滞在試験(って、さっき勝手にワタシがつけた)」とはDanskprøve A1 及び A2 を指し、語学学校終了時のテストであるPrøve i Dansk 1,2,3(以下PD1、PD2、PD3) とは異なるものである(嗚呼、面倒くさい)。 この Danskprøve A1 及び A2 等の語学試験は今まで日本を含むEU以外の先進国は対象外だったのだが、今回からEU加入国以外はもれなく対象となった(らしい)。ビザが発行されてから6ヵ月以内に受けろとのお達しである。
何だか偉そうだが年明け発表予定だったこのテストは、滞在試験内容がなかなか決まらず、3月になってようやく適用された曰く付きのテストである。ワタシの配偶者ビザは昨年の秋に下りたが、3月からカウントが開始されるので9月までに終わらせれば良いらしい。A1 に受かって晴れてデンマークでの滞在が可能と身代金の一部返金。更に A2 に受かれば更に返金で 無利子で預けていた50,000kr. の約半額が返って来るのだ。詳しくはパンフで。
大体の話は分かったが、テストのレベルってどのくらいなの?との疑問には以下の図が役に立つ(って、以前の図にCEFRを加えただけだが)。このA1とA2はCEFRでのレベルのことだろう。テストサンプルでは易しく感じても、A2+を取り払ってA2をひとくくりにしたら難易度が上がった感じがするな。
簡単に書いてはみたが、ここは悪名高いデンマーク、この試験もタダではない。それぞれ2,438.40kr.(5月上旬のレートで42,500円)もかかる。実際の受験時間は30分と短いが、受験場所はコペンハーゲンのあるシェラン島の一か所のみ。しかも試験対応時間、1日3時間の超お役所対応。現在の政権は過去のそれと比べるとわりと寛大(というか、まだましというレベル)なのだが、さすが移民難国デンマーク、期待を裏切らない。
期待を裏切らないと言えば、特例。社会に規律あり、法律に抜け道ありとは良く言ったものだ(って、さっきワタシが作った)。このDanskprøveにもきちんと抜け道が用意されている。A2(若しくはA1もだが、A1のみに限定するメリットはない)は Prøve i Dansk 1を7段落中、下から数えて3を取れば良いのだ(デンマークの現在の採点は、-3 ・ 00 ・ 02 ・ 4 ・ 7 ・ 10 ・ 12 というように7段階に分けていて、そのうちの02で今回のテストはパスとされる。5と8は混同しやすいから使用しないとか、2は12にごまかされやすいから02と表記する等、スケール表記は正直分かりづらい。詳しい段落の説明はココ。勿論、PD3等のもっと上のレベルの試験でも可)。受験料は1,224kr.で、しかも(多分通っている)語学学校(か、近辺)で受験出来るのだ。試験時間によっては前日入りも避けられない距離から、ワタシがA2ではなくPD1を選択したのは当然の成り行きと言えよう。
PD1の試験の説明会では、受験者が皆、良く話せるような印象を受けた(Danskuddannelse 1 と言えど皆さんモジュール6の学生なので、当然と言えば当然なのだが)。 筆記は先生が問題の説明をしている間に全て回答出来るくらい簡単なのだが、口頭試験の準備はしておかないとヤバいかも、と同じくPD1を受けるクラスメートと話して帰途についたのを覚えている。交通費を含め、時間的、金銭的ハードルは下がったが、実際のレベルはA2よりも高い。“Loophole!!!”と、喜んでばかりいられないのが移民難国デンマークでの滞在試験の抜け道である。
筆記試験は3時間という中途半端な試験時間な為か、コーヒー、水、甘い物等を持ち込んでいたヒトが少なく、張り切って準備したワタシは恥ずかしい思いをした(朝が早かったんだってば)が、単に皆、試験慣れをしていないようだった。「問題用紙にCPR番号を書くだけで、まだテストは始めないように。」という試験官を無視して問題を解き始める受験生が多く、唖然とした。何故ならこれ等のインストラクションは全て聞き取りやすい音量で一語、一語区切られて明瞭に話されていたからだ。デンマークに来てしばらく経つ気がするが、そんなデンマーク語を聞いたのは初めての経験だった。何度も書くように指示されていたCPR番号を書かずに注意を受けている受験生もいて、改めて運営側の大変さを知った。最初の2セクションは試験そのものより、忍耐強い指導官を観察していた時間が長かった。最後のセクションでようやく、試験時間内でも終わればその場で退場出来るようになったので、その前の休憩時にあらかじめ荷物をまとめておき、チャッチャとライティングを済ませ会場を後にした。この筆記試験は(失礼だが)本当に簡単で、受験前はクラスメートとテストのことを"Intellectual Insult"と、揶揄していたのだが、指導官の言っているコトすらわからなくて、ひょっとしたら落ちるかもしれないヒトもいるんだなと考えると同時に、(ワタシが言えた口ではないが、語学の面で)この程度の移民を受け入れるデンマークのコトを考えると何とも言えない気持ちになった。
ところでPD1の採点配分だが、筆記1/3、口頭2/3で採点される。筆記で12を取ったワタシは総合得点でも既に合格ライン越えの4を取ったコトになり、口頭試験は試験を受けさえすれば合格であると先生が
口頭試験は5年ほどデンマークに住んでいるという中国人と組むことになった。大きなミスもなく、パートナーの足を引っ張ることもなく、つつがなく終了したつもりが、スコアは10だった。 文の構造も語彙も素晴らしいが、発音がひどかったらしい。正直ここ1ヵ月は全くと言って良い程、努力も何もしていなかったので、ぐぅの音も出ないが、まぁいいや。次に生かそう。試験結果を移民局に送れば全てが終わる。
※授業料を肩代わりしているコミューンにとって、移民がPD1を合格して学校を終了しようとPD3を合格しようと課程を修了したことに変わりはない。あくまでA2の代用試験として受験するのみで、学校は続けるとの意向を示し、コミューンの了解を取らないと恐ろしいことになる。これ等PDのテストは年に2度しか行われなく、受験締切は筆記試験の2か月前。ワタシの場合は移民局から手紙が届いたその日に語学学校及びコミューンに問い合わせて、回答(ゴーザイン)を貰ったのが締切日だった。受験料は次の日まで待って貰えた。ビザの手続きですっかり心が擦り切れてしまい、これ以上移民局に一銭も払いたくないという方にお勧めです。
6.11.2013
応用不適合
学生時代は出来た友達に囲まれていたので、社会に出るまでワタシは同性から嫉妬されるという経験がなかった(というか、そもそもそんな対象でもないのだが)。確かに職場で資格手当を貰っていたが、資格取得の為、仕事帰りに学校へ通ったのはワタシだ(勿論自腹)。年上の職場の女性だったのだが、何度も会社が受験料を負担した試験の受験票(職種が違うので別の試験)をわざと会社に忘れたフリをして、週末のその試験をなかったことにして過ごした彼女に嫉妬されても、いやがらせをされても痛くも何ともなかった。逆に学ぶコトを拒否し、その場に居座り続けることの難しさを彼女自身が証明してくれたので、彼女には感謝しても足りないくらいだ。
何でそんな10年以上前の昔話を引っ張り出して来たかというと、最近似た体験をしたからだ。カルチャーショックもなく、語学学校も初級を飛ばし、のらりくらりと生活しているように見えるワタシが羨ましいらしい。職に就いていて自立したわけでもなく、旦那におんぶにだっこのワタシを何故・・・?
確かに寒冷地仕様のワタシにとってこの国の寒さは、「こんなに暖かい思いをしてすみません」という程「ぬくい」。寒いとあまり感じなかったのでブーツは数えるほどしか出番がなく、常にスニーカー。昨年の冬は屋内ではほぼ裸足で過ごした(室内履きは履いている)。暖房は8段階のうち1に設定すれば十分。こちらのレインコートが厚手の為、冬コートなしでやり過ごせるのでお財布にも優しいが、ワタシがこの国に住む上での先天的なアドバンテージなどこのくらいだろう。それ以外はワタシが身を削って学んで来たものである。デンマーク人と結婚した同じアジア嫁だが、ワタシ達の相違点はそれくらいである。比較するコト自体がそもそも間違いで、嫉妬などまるで異次元の言語で、何を言われているかすらわからない。
これから挙げる例と自分を結びつける気はないのだが、世の中は様々なジャンルでありとあらゆる成功本で溢れている。英才教育を受けたアスリートから、歴史的・社会的背景から外国語を学ぶ必要に迫らせて開花した翻訳家。はたまた30代から英語を本格的に学び本職にした女性や海外生活経験なしにTOEIC高得点を叩き出し続けている男性等、「ひょっとしてワタシにも出来るかも?」と思わず手に取って確かめたくなる程キャッチーな謳い文句で、アナタをレジへ誘うが、これ等のサクセスストーリーを自らに当てはめるのは大変難しい。
難しい要因の一つが環境の違い。例えばワタシが海外で英語に没頭し、日本語が不自由になって帰国してもワタシは梅子にはなれない。時代背景以外の要因全て同じだったとしても。性の差別なく学ぶ機会が21世紀の現代にはあるからである。女性にターゲットを絞ってビジネススクールを立ち上げたとしても、梅子ほどの業績は残せまい。先ほどから梅子、梅子と連呼しているのは、単に個人的趣味だが、名前云々のインパクトではなくて更地にお城を建てたのと、乱立された雑居ビルの一室を借りたのとを比べる感じだろうか。時代の違いだけではなく、例えば誰の意思で来ているのかわからないくらい遊びまくっている(ように見える)語学留学の学生と、他の分野で学位は持っていても戦争のせいで職につくことすら出来ず、食い扶持をつなぐ為に外国語を稼げるレベルまで学ばなければいけなかった学生も、先天的要因が同じだったとしても環境が違うだけでこんなにも差が出て来る。
もう一つの要因が内部的情報。ワタシは本が出来るまでの過程に詳しくないが、編集者さんのチェックが入ることもあるだろう。聞かせどころをつくるとか、膨らませるとか、こねるとか、寝かせるとか(パン作りみたいだな)。聞かせどころで「ここは正当性を示すためにも○○年度の統計を付けましょう」 なんて、編集者さんは言うだろうか?そんな盛り上がっている所で突然 * 印や脚注などつけられたら読んでいるこっちが冷めてしまう。聞かせどころの物語の山は語り手の印象とか感情とかがあってこそ盛り上がるのである。水を差すようで恐縮だが、それらのサクセスストーリーは外部的情報に乏しく、モノサシで測れない場合が多々あり、再現したくても出来ない。まぁ、そもそもそれらの山はステージを幾度か上がって行った一般人では語れないレベルのお話しだからこそエンターテイメント的要素も加わるのだろう。隣の家の佐藤君がTOEICで600点取った話など誰も聞きたくもないし、聞いたとて、面白くも何ともないのだ。そしてその分野の頂点に立った者だけが語る権利を与えられる透明なペンによって書かれたサクセスストーリーは後継者育成書でもなく、金太郎飴製造手引書でもないエンタメ本なのだ。
このように、サクセスストーリーを自分に応用することが難しいにも関わらず、ヒトはこれ等のストーリーを好む。共感しても、疑似体験をしても、それらの成功や栄光が自分のモノにはならないにも関わらず。確かに得られるヒントや試してみたいトリックもあるだろう。しかし、本一冊が成功を運んでくれるわけではないし、アナタが本の中で生きるわけでもない(この例え、怖い)。ヒトはヒト、自分は自分と受け入れ、進んでいくしかないのである。
だから仲良くして下さい。
何でそんな10年以上前の昔話を引っ張り出して来たかというと、最近似た体験をしたからだ。カルチャーショックもなく、語学学校も初級を飛ばし、のらりくらりと生活しているように見えるワタシが羨ましいらしい。職に就いていて自立したわけでもなく、旦那におんぶにだっこのワタシを何故・・・?
確かに寒冷地仕様のワタシにとってこの国の寒さは、「こんなに暖かい思いをしてすみません」という程「ぬくい」。寒いとあまり感じなかったのでブーツは数えるほどしか出番がなく、常にスニーカー。昨年の冬は屋内ではほぼ裸足で過ごした(室内履きは履いている)。暖房は8段階のうち1に設定すれば十分。こちらのレインコートが厚手の為、冬コートなしでやり過ごせるのでお財布にも優しいが、ワタシがこの国に住む上での先天的なアドバンテージなどこのくらいだろう。それ以外はワタシが身を削って学んで来たものである。デンマーク人と結婚した同じアジア嫁だが、ワタシ達の相違点はそれくらいである。比較するコト自体がそもそも間違いで、嫉妬などまるで異次元の言語で、何を言われているかすらわからない。
これから挙げる例と自分を結びつける気はないのだが、世の中は様々なジャンルでありとあらゆる成功本で溢れている。英才教育を受けたアスリートから、歴史的・社会的背景から外国語を学ぶ必要に迫らせて開花した翻訳家。はたまた30代から英語を本格的に学び本職にした女性や海外生活経験なしにTOEIC高得点を叩き出し続けている男性等、「ひょっとしてワタシにも出来るかも?」と思わず手に取って確かめたくなる程キャッチーな謳い文句で、アナタをレジへ誘うが、これ等のサクセスストーリーを自らに当てはめるのは大変難しい。
難しい要因の一つが環境の違い。例えばワタシが海外で英語に没頭し、日本語が不自由になって帰国してもワタシは梅子にはなれない。時代背景以外の要因全て同じだったとしても。性の差別なく学ぶ機会が21世紀の現代にはあるからである。女性にターゲットを絞ってビジネススクールを立ち上げたとしても、梅子ほどの業績は残せまい。先ほどから梅子、梅子と連呼しているのは、単に個人的趣味だが、名前云々のインパクトではなくて更地にお城を建てたのと、乱立された雑居ビルの一室を借りたのとを比べる感じだろうか。時代の違いだけではなく、例えば誰の意思で来ているのかわからないくらい遊びまくっている(ように見える)語学留学の学生と、他の分野で学位は持っていても戦争のせいで職につくことすら出来ず、食い扶持をつなぐ為に外国語を稼げるレベルまで学ばなければいけなかった学生も、先天的要因が同じだったとしても環境が違うだけでこんなにも差が出て来る。
もう一つの要因が内部的情報。ワタシは本が出来るまでの過程に詳しくないが、編集者さんのチェックが入ることもあるだろう。聞かせどころをつくるとか、膨らませるとか、こねるとか、寝かせるとか(パン作りみたいだな)。聞かせどころで「ここは正当性を示すためにも○○年度の統計を付けましょう」 なんて、編集者さんは言うだろうか?そんな盛り上がっている所で突然 * 印や脚注などつけられたら読んでいるこっちが冷めてしまう。聞かせどころの物語の山は語り手の印象とか感情とかがあってこそ盛り上がるのである。水を差すようで恐縮だが、それらのサクセスストーリーは外部的情報に乏しく、モノサシで測れない場合が多々あり、再現したくても出来ない。まぁ、そもそもそれらの山はステージを幾度か上がって行った一般人では語れないレベルのお話しだからこそエンターテイメント的要素も加わるのだろう。隣の家の佐藤君がTOEICで600点取った話など誰も聞きたくもないし、聞いたとて、面白くも何ともないのだ。そしてその分野の頂点に立った者だけが語る権利を与えられる透明なペンによって書かれたサクセスストーリーは後継者育成書でもなく、金太郎飴製造手引書でもないエンタメ本なのだ。
このように、サクセスストーリーを自分に応用することが難しいにも関わらず、ヒトはこれ等のストーリーを好む。共感しても、疑似体験をしても、それらの成功や栄光が自分のモノにはならないにも関わらず。確かに得られるヒントや試してみたいトリックもあるだろう。しかし、本一冊が成功を運んでくれるわけではないし、アナタが本の中で生きるわけでもない(この例え、怖い)。ヒトはヒト、自分は自分と受け入れ、進んでいくしかないのである。
だから仲良くして下さい。
最初の頃捨てていなければもっとあった筈のペンの残骸。筆記用具に関して言いたいことは限りなくある。
6.04.2013
Kaprice Metode
自慢にもならないが根気がない。洒落にならないほど続かない。ヒトは新しい習慣を身に付けるのに最低3週間必要だそうだが、ワタシなど勿論3週間どころか3日も持たない。3日坊主とは良く言ったものだが、残念なコトにワタシの持久力は2日しか続かない。ではその2日で何をするか、(一週間分-日曜日の)6日分こなせば良いのだ。1日3日♪と言うのは半分嘘(で半分ホント)。
世の中の語学のプロは中々手の内を見せてくれないので、馬鹿にされるのを承知で手応えが良かった進め方を記してみる。
先ず、「初めにゴールありき」。テキストを開く前に、何故その言語を学んでいるのか、何故そのテキストなのか、いつまでにそのテキストを終わらせたいのか、テキストを終えた時にはどうなって/何が出来るようになっているのかを想像してみる。そして、早くその状態の自分になりたいなという思いでテキストを始める。
「何故そのテキストなのか?」の問いには、「このテキストの筆者は自分がこれから費やす5倍の時間とお金をかけてこのテキストを作った筈だから、その思いを無駄にしない為に!」とか、「このテキストを終わらせない限り春は来ない」とか、「テキスト終了が白馬の王子様がやって来る最低要求ライン」とか、正直何でも良い。山があれば登ってしまうヒトには「そこにテキストがあるから!」という理由づけでも良い。単に上からやれと命令されてこなすのではなく、自主性が欲しいのだ。
「いつまでにそのテキストを終わらせたいのか?」人生思った程長くはない。締切を定めよう。例えばテキストは15課あるから月から金の週5で3週間かな。と、土日は休める余裕を持たせる。ただ、進みたい場合は進んでも良いが、テキストは3回繰り返すとか一度きりのお付き合いにならないように気を付ける。
最後の自己暗示的なものは好みが表れるトコロだが、てっとり早く説明すると「意識のレベルを変える」コト。残念な現実だが世界の億万長者が過ごす意識のレベルで大抵のヒトは一日を過ごしていないだろうし、それと同じように語学のプロやその上級レベルまで到達したヒトの意識のレベルでは大抵の学習者が学んでいる訳ではない。そこで想像してみるのだ。その目標とするレベルのプロがどのように語学をとらえているのか、出来るようになったらどんな日常が待っているのか。本棚にボロボロになるまで使われた辞書はないか、お気に入りのその言語で書かれた本がないか、DVDがないか。又はその言語が使用されている国で臆することなく旅していないか、働いていないか。それをしている時にどのように感じているか想像してみる。想像するだけタダだ。もっと貪欲に想像してみる。そしてその想像上の何でも可能だった世界の自分と、今の自分を比べてみる。「こんなコトしている場合じゃない!(早くあのレベルの自分にならなきゃ!)」とお尻を叩かれている感じがしたらシメたものだ(この「なったつもり」暗示は語学に限らず結構使える。例えば海外旅行から帰って来てスーツケースの荷ほどきをしなければいけないが、時差ボケでそんな気力もない。そこで知人の綺麗好きなA子だったらこの場合どうするだろう?と想像してみる。彼女ならするだろうな。ちょっとA子になったつもりで片づけてみようかな?と、置き換えるだけで荷ほどき出来てしまうから不思議だ。お試しあれ)。
そしてテキストAから始める。進む速度を1日一課と定めていないので、苦痛にならない程度に進む。テキストを始めたばかりは一日に何課でも進めるだろう。調子に乗ってテキストの半分くらいまで進んでしまうと2日目にはお腹いっぱいになっている筈だ。3日目に、そのテキストではもう食が進まないので、テキストBをつまみ食いしてみる。やはり面白そうな言語なのでテキストBを何かに取りつかれたようにこなす。3日目にはもう目にも入れたくないくらい詰め込んだので、テキストCを齧ってみる。期待を裏切らずこの言語は面白そうだ。やっぱり自分はこの言語は好きなんだとページをめくる。随時テキストA、Bで習ったことが出て来て「コレも知ってるぞ。アレも知ってるぞ。オマエのコトは全て御見通しだ!」と、変にテンションが上がる(この知的アドレナリンの大放出を経験するだけでも、これは試す価値があると思うのだが)。日曜日は休んでもOK(というか、休んだ方が翌週「駆り立て」られやすいので是非休むべきだ)。翌週は、またテキストAに戻り、先週の続きから進める。2日間全力投球した後は、テキストBで心機一転。更に2日後にはテキストCへと進む。
これは基礎中の基礎である文法を学ぶ時が最も適しているが、ある程度終えたらどのテキストにも応用出来る。易しめのテキストばかりやっていてはつまらない。背伸びして上級のテキストを齧ってみる。(当然歯が立たないので)「1ヵ月後に待ってろ」と捨て台詞を残し中級のテキストを手に取る。少しわかりづらいトコロが出て来たら初級のテキストで確認してみる。とあるテキストで句動詞に情熱を注いだ後は、接頭辞・接尾辞を洗いざらい調べても良いだろう。発音こそ色々テキストをこなして何でも耳に入れることだ。熟語やことわざはやはり毎日コツコツと確実に詰め込む方が良いだろう(って、それが出来れば苦労しないのだが)。これらは寝る前に数ページだけ読む等、負担にならない範囲で日常生活に溶け込ませるしかない。
個人的に面白かったのが、テキストをこなしている最中にお告げの如くマイブームがやって来たコト。昨年の夏は「不規則動詞こそ全て!」と、いきなり無味乾燥的な表を作り、140-160程しかないが不規則動詞を全て覚えようとしたり、「人生に彩りを!」と、形容詞や形容動詞ばかりに傾倒したり、「いやいや、オトナですもの数字の序数(first とか second とか)くらい書けないと!」といきなり一人筆記小テストが始まったりした。この不規則動詞と形容詞/形容動詞マイブームは自分でも笑ってしまう程規則的にやって来た。ちょっとは苦しかったのだろうか?周期をメモしておかなかったのが悔やまれる。
注意すべきポイントは、一日にテキストA、B、Cとこなすのではなく、テキスト一冊のみに集中するコト。テキストによってこなす順序が当然違うが、カバーする文法はほぼ同じ筈。テキスト3冊使用するわけだから、必然的に3度学んでいることになる。一度で3度美味しい。一日1課などと決めていなければ例えば15課 あたりのテキストなら10日程(2週間)で終わる筈である。それを3度繰り返せば一か月半で文法マスターだ。大学の1セメスターの半分くらいか?決して悪くない方法だと思うがどうだろう?
ブログタイトルである Kaprice Metode の kaprice は kapriciøs(英:capricious)から引っ張ってきたつもりが(読み返してみると lunatic だった)、フラ語系、イタ語系で何だかお洒落だ。語学業界のトレ○シー・メソッドの如く、新しいコトバの学び方として一世を風靡・・・なんてまずしないだろうな。
世の中の語学のプロは中々手の内を見せてくれないので、馬鹿にされるのを承知で手応えが良かった進め方を記してみる。
先ず、「初めにゴールありき」。テキストを開く前に、何故その言語を学んでいるのか、何故そのテキストなのか、いつまでにそのテキストを終わらせたいのか、テキストを終えた時にはどうなって/何が出来るようになっているのかを想像してみる。そして、早くその状態の自分になりたいなという思いでテキストを始める。
「何故そのテキストなのか?」の問いには、「このテキストの筆者は自分がこれから費やす5倍の時間とお金をかけてこのテキストを作った筈だから、その思いを無駄にしない為に!」とか、「このテキストを終わらせない限り春は来ない」とか、「テキスト終了が白馬の王子様がやって来る最低要求ライン」とか、正直何でも良い。山があれば登ってしまうヒトには「そこにテキストがあるから!」という理由づけでも良い。単に上からやれと命令されてこなすのではなく、自主性が欲しいのだ。
「いつまでにそのテキストを終わらせたいのか?」人生思った程長くはない。締切を定めよう。例えばテキストは15課あるから月から金の週5で3週間かな。と、土日は休める余裕を持たせる。ただ、進みたい場合は進んでも良いが、テキストは3回繰り返すとか一度きりのお付き合いにならないように気を付ける。
最後の自己暗示的なものは好みが表れるトコロだが、てっとり早く説明すると「意識のレベルを変える」コト。残念な現実だが世界の億万長者が過ごす意識のレベルで大抵のヒトは一日を過ごしていないだろうし、それと同じように語学のプロやその上級レベルまで到達したヒトの意識のレベルでは大抵の学習者が学んでいる訳ではない。そこで想像してみるのだ。その目標とするレベルのプロがどのように語学をとらえているのか、出来るようになったらどんな日常が待っているのか。本棚にボロボロになるまで使われた辞書はないか、お気に入りのその言語で書かれた本がないか、DVDがないか。又はその言語が使用されている国で臆することなく旅していないか、働いていないか。それをしている時にどのように感じているか想像してみる。想像するだけタダだ。もっと貪欲に想像してみる。そしてその想像上の何でも可能だった世界の自分と、今の自分を比べてみる。「こんなコトしている場合じゃない!(早くあのレベルの自分にならなきゃ!)」とお尻を叩かれている感じがしたらシメたものだ(この「なったつもり」暗示は語学に限らず結構使える。例えば海外旅行から帰って来てスーツケースの荷ほどきをしなければいけないが、時差ボケでそんな気力もない。そこで知人の綺麗好きなA子だったらこの場合どうするだろう?と想像してみる。彼女ならするだろうな。ちょっとA子になったつもりで片づけてみようかな?と、置き換えるだけで荷ほどき出来てしまうから不思議だ。お試しあれ)。
そしてテキストAから始める。進む速度を1日一課と定めていないので、苦痛にならない程度に進む。テキストを始めたばかりは一日に何課でも進めるだろう。調子に乗ってテキストの半分くらいまで進んでしまうと2日目にはお腹いっぱいになっている筈だ。3日目に、そのテキストではもう食が進まないので、テキストBをつまみ食いしてみる。やはり面白そうな言語なのでテキストBを何かに取りつかれたようにこなす。3日目にはもう目にも入れたくないくらい詰め込んだので、テキストCを齧ってみる。期待を裏切らずこの言語は面白そうだ。やっぱり自分はこの言語は好きなんだとページをめくる。随時テキストA、Bで習ったことが出て来て「コレも知ってるぞ。アレも知ってるぞ。オマエのコトは全て御見通しだ!」と、変にテンションが上がる(この知的アドレナリンの大放出を経験するだけでも、これは試す価値があると思うのだが)。日曜日は休んでもOK(というか、休んだ方が翌週「駆り立て」られやすいので是非休むべきだ)。翌週は、またテキストAに戻り、先週の続きから進める。2日間全力投球した後は、テキストBで心機一転。更に2日後にはテキストCへと進む。
これは基礎中の基礎である文法を学ぶ時が最も適しているが、ある程度終えたらどのテキストにも応用出来る。易しめのテキストばかりやっていてはつまらない。背伸びして上級のテキストを齧ってみる。(当然歯が立たないので)「1ヵ月後に待ってろ」と捨て台詞を残し中級のテキストを手に取る。少しわかりづらいトコロが出て来たら初級のテキストで確認してみる。とあるテキストで句動詞に情熱を注いだ後は、接頭辞・接尾辞を洗いざらい調べても良いだろう。発音こそ色々テキストをこなして何でも耳に入れることだ。熟語やことわざはやはり毎日コツコツと確実に詰め込む方が良いだろう(って、それが出来れば苦労しないのだが)。これらは寝る前に数ページだけ読む等、負担にならない範囲で日常生活に溶け込ませるしかない。
個人的に面白かったのが、テキストをこなしている最中にお告げの如くマイブームがやって来たコト。昨年の夏は「不規則動詞こそ全て!」と、いきなり無味乾燥的な表を作り、140-160程しかないが不規則動詞を全て覚えようとしたり、「人生に彩りを!」と、形容詞や形容動詞ばかりに傾倒したり、「いやいや、オトナですもの数字の序数(first とか second とか)くらい書けないと!」といきなり一人筆記小テストが始まったりした。この不規則動詞と形容詞/形容動詞マイブームは自分でも笑ってしまう程規則的にやって来た。ちょっとは苦しかったのだろうか?周期をメモしておかなかったのが悔やまれる。
注意すべきポイントは、一日にテキストA、B、Cとこなすのではなく、テキスト一冊のみに集中するコト。テキストによってこなす順序が当然違うが、カバーする文法はほぼ同じ筈。テキスト3冊使用するわけだから、必然的に3度学んでいることになる。一度で3度美味しい。一日1課などと決めていなければ例えば15課 あたりのテキストなら10日程(2週間)で終わる筈である。それを3度繰り返せば一か月半で文法マスターだ。大学の1セメスターの半分くらいか?決して悪くない方法だと思うがどうだろう?
とある日の本棚。上段の約半数と、下段の2冊を除き、残りは借り物(だからタイトル面がテキストのみ)。ありがたや、ありがたや、図書館サマ。
ブログタイトルである Kaprice Metode の kaprice は kapriciøs(英:capricious)から引っ張ってきたつもりが
5.28.2013
語彙は美味しい
そろそろテストに向けて使える語彙を確かにしないとな、と、去年の秋にこなしていたビジュアル辞典をひっぱり出してみる。というか、(勉強しなかったのを棚に上げて)モジュールテストで満点取れなかったのが悔しいので今度こそ頑張ってみる。そう言えば最近宿題すらしてないな・・・。まずそこから変えないとな・・・。まぁいいや。
左の Engelsk と書かれたかすかにユニオンジャックが見えるのは、更に小さくスウェーデン、デンマーク、ノルウェーの国旗が示すように、英語対スウェ語、デンマ語、ノル語の一度で4度美味しいビジュアル辞典である(出版元はスウェーデンっぽいがリンク先はデンマ)。北米英語にしか慣れ親しんで来なかったワタシにとって、イギリス英語は新鮮だ。おむつのコトを diaper ではなく nappy と呼ぶのを頭の片隅に記憶されていても、実際目にすると妙に感慨深い(まぁ、所詮おむつだが)。収められている数が数なだけに誤植も目につくが、スウェ語、デンマ語、ノル語を一度に見比べられるのは大きいし、楽しい。他にドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語と展開している為か、価格もフルカラーの割には抑えられていると思う(129kr.)が、英語バージョンはすぐに売れ切れるのか、めったに書店では見かけないのが玉にキズだ。
右の Visuelle Ordbog は デンマ語、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語と、「最後の2つはいらないかも・・・」と思ってしまう程欲張りな辞典である。こちらの方はレイアウトを諦めたのか、すっきりしている。感心するほど何でも載っていてページ数も1000越えだが、文字が小さくて見づらい難点もある。しかし、Chronology of Religions 、Languages of the World 、Periodic Table 、Scientific Symbols、Musical Notation と惜しげもなくあれもこれもと詰まっているので絶対安静で寝たきりにならなくても、常に手元に置いておきたくなる程魅力的な一冊だ。重いので腕力が付きそうだが筋トレにもなって一石二鳥。こちらも破格の 129kr. スーパーサマサマである。
収録が左が6,000語(とフレーズ)、右が32,000語と6,000のイラスト。去年の秋に左をくまなく(例えば一つの単語を an apple, the apple, apples, the apples と)拾って行ったら腱鞘炎になるかと思った。流石にクリケットやアメフト関連の語彙はいらないだろうとスポーツセクションを丸々飛ばしたら合計4,500語しか拾えなかったが、運動部並みの体力は付いたと思う。辞書は未だに重いが、部活後のご飯が美味しいように、語彙の素晴らしさを再発見出来たのは大きい。
語彙は美味しい。食べ過ぎて体脂肪が増える心配もないし、中毒性も(多分)ない。吸収率を高めるために詰め込む頻度と量に気を付ける以外、タブーな食べ合わせも、消化に悪い単語も、コレステロールの心配もない。素晴らしい!これは続けるしかあるまい。次のターゲットは抽象名詞だ。語彙も抽象名詞になってようやく大人の階段を登り始めた感がある。語彙の本当の美味しさはここから始まるのだ。
左の Engelsk と書かれたかすかにユニオンジャックが見えるのは、更に小さくスウェーデン、デンマーク、ノルウェーの国旗が示すように、英語対スウェ語、デンマ語、ノル語の一度で4度美味しいビジュアル辞典である(出版元はスウェーデンっぽいがリンク先はデンマ)。北米英語にしか慣れ親しんで来なかったワタシにとって、イギリス英語は新鮮だ。おむつのコトを diaper ではなく nappy と呼ぶのを頭の片隅に記憶されていても、実際目にすると妙に感慨深い(まぁ、所詮おむつだが)。収められている数が数なだけに誤植も目につくが、スウェ語、デンマ語、ノル語を一度に見比べられるのは大きいし、楽しい。他にドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語と展開している為か、価格もフルカラーの割には抑えられていると思う(129kr.)が、英語バージョンはすぐに売れ切れるのか、めったに書店では見かけないのが玉にキズだ。
右の Visuelle Ordbog は デンマ語、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語と、「最後の2つはいらないかも・・・」と思ってしまう程欲張りな辞典である。こちらの方はレイアウトを諦めたのか、すっきりしている。感心するほど何でも載っていてページ数も1000越えだが、文字が小さくて見づらい難点もある。しかし、Chronology of Religions 、Languages of the World 、Periodic Table 、Scientific Symbols、Musical Notation と惜しげもなくあれもこれもと詰まっているので絶対安静で寝たきりにならなくても、常に手元に置いておきたくなる程魅力的な一冊だ。重いので腕力が付きそうだが筋トレにもなって一石二鳥。こちらも破格の 129kr. スーパーサマサマである。
収録が左が6,000語(とフレーズ)、右が32,000語と6,000のイラスト。去年の秋に左をくまなく(例えば一つの単語を an apple, the apple, apples, the apples と)拾って行ったら腱鞘炎になるかと思った。流石にクリケットやアメフト関連の語彙はいらないだろうとスポーツセクションを丸々飛ばしたら合計4,500語しか拾えなかったが、運動部並みの体力は付いたと思う。辞書は未だに重いが、部活後のご飯が美味しいように、語彙の素晴らしさを再発見出来たのは大きい。
語彙は美味しい。食べ過ぎて体脂肪が増える心配もないし、中毒性も(多分)ない。吸収率を高めるために詰め込む頻度と量に気を付ける以外、タブーな食べ合わせも、消化に悪い単語も、コレステロールの心配もない。素晴らしい!これは続けるしかあるまい。次のターゲットは抽象名詞だ。語彙も抽象名詞になってようやく大人の階段を登り始めた感がある。語彙の本当の美味しさはここから始まるのだ。
5.21.2013
外国語習得時における厨二病の発症とその対策について
英語を勉強していた頃、異国の雰囲気を醸し出していた単語は決まってフラ語だったので、会話でも相手が何か一言でもフラ語を発せようならフラ語を織り交ぜて返していた気がする。当時のレベルでvis-a-visとか、clichéとか、façadeとか、faux pasとか、liaisonとか(決して食べ物系やファッションの話をしないトコロはブレていない)だったろうか。この程度の語彙力で何を話したのかなんて、想像すらしたくないが、英語にフラ語を加えて話すことを「カッコイイコト」と信じていたなんて恥ずかし過ぎる。これは今となってはもう思い出すだけで自ら穴を掘って埋まってしまいたい程の暗黒史だが、もう10年以上も前のことだから時効としよう。独語を学習していた時にも同じ道を歩んだ(いや、もう「カッコイイコト」ではなかったが、フラ語っぽく発音するようには心掛けた)。運用能力は無くても、使う機会は無くても、何は無くても知っていたかったのだ。オープンにフラ語コンプレックスを持つワタシはこれを「外国語習得時における厨二病」と名付け、煽るコトなく、そして忘れるコトなく、付かず離れずの距離を保っている。
しかし、流石に「恥ずかしいコト」と認識していても、ワタシの「フラ語アンテナ」は正常運行で、フラ語系デンマ語を逃すことなくキャッチしている。 というか、社会に出るようになって(=学校が始まって)しばらく経った2月、3月がもうピークで、学校等、フラ語系デンマ語単語に出会ったその場では冷静に対応するも、帰宅後毎日のようにヒャッハー言っていた気がする。この年になって人様の前でのヒャッハーはさすがに恥ずかしい。今回は犠牲者を最低限に抑えたつもりだったが、可哀相だったのは我が家の北欧男子の彼だったのではないだろうか。 そう、この「外国語習得時における厨二病」は確認しなければ症状が収まらないのだ。
仕事から自転車で帰って来た彼に夕食も出さないまま質問攻めするワタシ:
「ねぇねぇ、デンマ語に○○って単語あるよねぇ?あれってフラ語っぽくない?」
「ねぇねぇ、○○って綴りの単語あるよね?あれ発音してみてよ。ね?フラ語っぽくない?」
「ねぇねぇ、-ageって接尾辞って、いかにもフラ語だよね~。reportage って絶対そうだよね~。」
「ねぇねぇ、知ってた?avis(新聞)ってフラ語だったんだよ?報道系って多いのかな?montage もそうだよね~。」
「ねぇねぇ、やっぱり-ment で終わる単語はフラ語系が多いよね。ねぇ、ねぇ、ねぇ・・・(結構続く、そして彼は依然空腹のまま)。」
嗚呼、書いていてますます彼が可哀相になってきた。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。 アナタのお陰でワタシ症状が軽くなりました。罪滅ぼしのつもりで、以下にフラ語系デンマ語をあげておく。一人でも多くの厨二病患者が救われますように。
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英語でフラ語はデンマ語でもフラ語。覚えやすいな。そして出会ったフラ語系デンマ語が動詞だった時のヒャッハー感は異常。
写真はデンマ語の辞書アプリを買ってから全く出番のなくなったポケット辞書。語学学校のモジュールテスト時に使ってあげるよ。
5.14.2013
語学は楽しい
5年ぶりに日本に帰国した際、幸運にも仕事に恵まれたのだが、直属の上司はMBA保持者だった。彼も北米から帰国して間もなかったので、仕事の合間に内輪ネタでよく盛り上がったものだ。その一つが海外に住んでしまえば、いつの間にか外国語が身につくと言う迷信。ワタシが、「住むだけではまず身につかない。外国語に慣れた気になっているかもしれないが、実は狭い行動範囲の中で不自由を感じながら生活するのに慣れるだけだ。」といった内容を生意気にも述べると、涙を流しながら笑ってくれた。初の長期海外生活でMBAを取得した彼なりに思うところがあったのだろう。
「ガラスの家に住む者、石を投げるコト勿れ」という諺がデンマ語にもある以上、ここは我が身をつねってヒトの痛みを知っておくべきだろう。最近初心をすっかり忘れているので、語学についてあれこれ書いてみようと思う。
ワタシがデンマ語を学ぶに当たって心掛けたルールは3つ(これに「3つだけだ」と付け足すとジョブスっぽくてカッコいい)。
最初に、 ・気負いすぎないコト。
そして、 ・お金をかけるコト。
最後に、 ・時間をかけるコト。
最初の「気負いすぎないコト」は、簡単に言うと「愛着」。ワタシは独語で失敗したのだが、好きで、好きで、好きが故に出来ない自分との差に苦しむナルシスト的な愛で大変残念な結果になった。この言語への愛着は「(特別な場合を除き)言語が出来なくても死にはしない。ただ出来ると人生の色に深みが出る」程度でオッケー。ワタシはデンマ語なんて別に好きでも何でもないのだが、出来ればこちらでの人生はラクになるのは間違いないので大事に、大事に扱っている(まぁ、乱雑でも良いからもっと使えという意見もあるが)。
次の「お金をかけるコト」は、テキスト、辞書を揃えましょうというコト。図書館で借りたテキストをやり通したコトは一度しかないが、自分の財布を痛めて買ったテキストは大抵やり終えるのだから不思議だ。とにかく文法はテキストでキチンと習った方が習得も早い。そうは言っても自称文法アレルギー患者は結構いる。そんなヒトには「(参考書ではなく普通の)本を20冊くらい原書で読んで、自ら文法を見い出すか、テキストの力を借りて文法を学ぶか?」訊ねてみよう。テキストは優れている。先人の恩恵は進んで受けるべきである。
辞書も確実に母国語と概念を結びつけるのに必須だ。「周りに訊ねれば良いのでは?」との意見もあるだろう。これは語学学校、もしくはチューターなどには許されても、その他の場所での過度の使用はおすすめしない。周りの人間はアナタのお世話係ではない。嫌われないように気を付けよう。中級のレベル位になると、よく「ペーパーバックは辞書を引かずに読みましょう」 などとあるが、賛同出来ない。単語に躓く度に辞書を引く癖のあるヒトには有効だろうが、そのレベルになると文脈から知らない単語の意味を推測することも出来るだろうし、何となく読めた気になってもイザ日本語で説明しようとしても単語が思いつかないからだ(日本語で説明しなくても結構!ワタシは原書でのリズムや臨場感を味わいたいのだ。という方はご自由に。ただし数年後「臨場感」と言う単語が思い出せなくなってもワタシは責任を持ちません。嗚呼、あの頃のワタシに教えてあげたい)。せっかく推測したのだから、この単語が正しいかどうかの確認は是非行うべきだ。正しかったら喜びとなるし、それ以上に認識の擦り込みが出来、記憶が強固となるからだ。
最後に「時間をかけるコト」。誰にだって経験があるだろう。あの一夜漬けのテスト終わった後、何も憶えていなかった学生時代。覚えるのが早かったモノは忘れるのも早い。目指すはテスト前の一夜漬け的な短期的な記憶より長期的な記憶。何をどの頻度でどのレベルまでモノにするか。この辺の匙加減は、そのヒトの置かれた状況や目指すレベルやそこに到達するまでの時間的余裕等、ヒトそれぞれだろうけれど、一通りの文法を終えた後は語彙力アップの道が待っている。これは皆に当てはまる。何故ならヒトは知らない単語は文面上では読めるかもしれないが、聞き取れないからだ。
語学習得に近道などない。自らの手と目と耳を使い、マネて、アレンジして、使い込んで、モノにするしかない。自転車操縦に例えると、文法と語彙という二輪のガタガタな(というより四角くて全く前に進まない)車輪を漕ぎ出すことから始まる。ガタガタなりに漕ぎ続けると徐々にリスニングやスピーキングなど、始めは出来なかったコトを繰り返すことにより、それが少しずつ出来るようになって行く。苦手な部分を一つずつ克服していくうちに四角かった車輪が五角形に、六角形にと角度が鈍くなり、徐々に走りやすくなる。確実に語彙を増やし、句動詞を覚え、イディオムを使えるようにしていくうちに更に角が取れ、車輪は七角形になり、八角形になって行く。得手不得手はヒトそれぞれだから、踏むステップも異なる。あるヒトは発音を矯正しなければいけないかもしれないし、シャドーイングで四苦八苦するかもしれない。ビジネスレベルのライティングよりエッセイが苦手というヒトもいるだろう。語学以前に「論理的に考える」という基礎から始めなくてはいけなくて、もう失うプライドがない程の挫折感を味わうかもしれない(えっ?ワタシだけ?)しかし弱点をクリアして行くうちにようやく車輪が円形に近付き、自転車がスムーズに進むようになる。颯爽と風を感じ周りの風景を楽しみながらサイクリングロードを走るように、社会・文化的背景をとらえた上で、ユーモアを交えながら笑い、言語を操っている状況を楽しめるようになる日が必ず来る。
そしてこのカスタマイズされた語学と言う自転車は一生アナタのモノだ。会社を立ち上げて波に乗せて売ることは出来ても、自転車だけを売ることは出来ない。運が良ければ自転車を付加価値としてアナタ自身が売れるだろう。事業が失敗して会社を畳まなくならなくなることはあっても、誰もアナタの自転車を奪うことは出来ない。くだらない学校の相対評価や理不尽な職場の業務査定なども存在しない。メインテナンスした自転車の調子が良いように、やればやるだけ自分に返ってくる。スポーツとよく類似されるがアスリートのように選手生命が短い訳でもない。一生現役でいられるのだ。
うーん、何だか黒田節っぽくなってしまった。手元に先生の著書がないので確認出来ないのが残念なトコロだが、語学は楽しいのだ。
そうそう、究極のルールに以下があるが、これは杉田先生っぽくて好きだ。
・学ぶコトを決して止めないコト。
「ガラスの家に住む者、石を投げるコト勿れ」という諺がデンマ語にもある以上、ここは我が身をつねってヒトの痛みを知っておくべきだろう。最近初心をすっかり忘れているので、語学についてあれこれ書いてみようと思う。
ワタシがデンマ語を学ぶに当たって心掛けたルールは3つ(これに「3つだけだ」と付け足すとジョブスっぽくてカッコいい)。
最初に、 ・気負いすぎないコト。
そして、 ・お金をかけるコト。
最後に、 ・時間をかけるコト。
最初の「気負いすぎないコト」は、簡単に言うと「愛着」。ワタシは独語で失敗したのだが、好きで、好きで、好きが故に出来ない自分との差に苦しむナルシスト的な愛で大変残念な結果になった。この言語への愛着は「(特別な場合を除き)言語が出来なくても死にはしない。ただ出来ると人生の色に深みが出る」程度でオッケー。ワタシはデンマ語なんて別に好きでも何でもないのだが、出来ればこちらでの人生はラクになるのは間違いないので大事に、大事に扱っている(まぁ、乱雑でも良いからもっと使えという意見もあるが)。
次の「お金をかけるコト」は、テキスト、辞書を揃えましょうというコト。図書館で借りたテキストをやり通したコトは一度しかないが、自分の財布を痛めて買ったテキストは大抵やり終えるのだから不思議だ。とにかく文法はテキストでキチンと習った方が習得も早い。そうは言っても自称文法アレルギー患者は結構いる。そんなヒトには「(参考書ではなく普通の)本を20冊くらい原書で読んで、自ら文法を見い出すか、テキストの力を借りて文法を学ぶか?」訊ねてみよう。テキストは優れている。先人の恩恵は進んで受けるべきである。
辞書も確実に母国語と概念を結びつけるのに必須だ。「周りに訊ねれば良いのでは?」との意見もあるだろう。これは語学学校、もしくはチューターなどには許されても、その他の場所での過度の使用はおすすめしない。周りの人間はアナタのお世話係ではない。嫌われないように気を付けよう。中級のレベル位になると、よく「ペーパーバックは辞書を引かずに読みましょう」 などとあるが、賛同出来ない。単語に躓く度に辞書を引く癖のあるヒトには有効だろうが、そのレベルになると文脈から知らない単語の意味を推測することも出来るだろうし、何となく読めた気になってもイザ日本語で説明しようとしても単語が思いつかないからだ(日本語で説明しなくても結構!ワタシは原書でのリズムや臨場感を味わいたいのだ。という方はご自由に。ただし数年後「臨場感」と言う単語が思い出せなくなってもワタシは責任を持ちません。嗚呼、あの頃のワタシに教えてあげたい)。せっかく推測したのだから、この単語が正しいかどうかの確認は是非行うべきだ。正しかったら喜びとなるし、それ以上に認識の擦り込みが出来、記憶が強固となるからだ。
最後に「時間をかけるコト」。誰にだって経験があるだろう。あの一夜漬けのテスト終わった後、何も憶えていなかった学生時代。覚えるのが早かったモノは忘れるのも早い。目指すはテスト前の一夜漬け的な短期的な記憶より長期的な記憶。何をどの頻度でどのレベルまでモノにするか。この辺の匙加減は、そのヒトの置かれた状況や目指すレベルやそこに到達するまでの時間的余裕等、ヒトそれぞれだろうけれど、一通りの文法を終えた後は語彙力アップの道が待っている。これは皆に当てはまる。何故ならヒトは知らない単語は文面上では読めるかもしれないが、聞き取れないからだ。
語学習得に近道などない。自らの手と目と耳を使い、マネて、アレンジして、使い込んで、モノにするしかない。自転車操縦に例えると、文法と語彙という二輪のガタガタな(というより四角くて全く前に進まない)車輪を漕ぎ出すことから始まる。ガタガタなりに漕ぎ続けると徐々にリスニングやスピーキングなど、始めは出来なかったコトを繰り返すことにより、それが少しずつ出来るようになって行く。苦手な部分を一つずつ克服していくうちに四角かった車輪が五角形に、六角形にと角度が鈍くなり、徐々に走りやすくなる。確実に語彙を増やし、句動詞を覚え、イディオムを使えるようにしていくうちに更に角が取れ、車輪は七角形になり、八角形になって行く。得手不得手はヒトそれぞれだから、踏むステップも異なる。あるヒトは発音を矯正しなければいけないかもしれないし、シャドーイングで四苦八苦するかもしれない。ビジネスレベルのライティングよりエッセイが苦手というヒトもいるだろう。語学以前に「論理的に考える」という基礎から始めなくてはいけなくて、もう失うプライドがない程の挫折感を味わうかもしれない(えっ?ワタシだけ?)しかし弱点をクリアして行くうちにようやく車輪が円形に近付き、自転車がスムーズに進むようになる。颯爽と風を感じ周りの風景を楽しみながらサイクリングロードを走るように、社会・文化的背景をとらえた上で、ユーモアを交えながら笑い、言語を操っている状況を楽しめるようになる日が必ず来る。
そしてこのカスタマイズされた語学と言う自転車は一生アナタのモノだ。会社を立ち上げて波に乗せて売ることは出来ても、自転車だけを売ることは出来ない。運が良ければ自転車を付加価値としてアナタ自身が売れるだろう。事業が失敗して会社を畳まなくならなくなることはあっても、誰もアナタの自転車を奪うことは出来ない。くだらない学校の相対評価や理不尽な職場の業務査定なども存在しない。メインテナンスした自転車の調子が良いように、やればやるだけ自分に返ってくる。スポーツとよく類似されるがアスリートのように選手生命が短い訳でもない。一生現役でいられるのだ。
うーん、何だか黒田節っぽくなってしまった。手元に先生の著書がないので確認出来ないのが残念なトコロだが、語学は楽しいのだ。
そうそう、究極のルールに以下があるが、これは杉田先生っぽくて好きだ。
・学ぶコトを決して止めないコト。
5.07.2013
情熱の辞書
(※4月中旬に書いた記事です。学校は再開されました。)
未だ語学学校が再開されずヒマだ。学校の友達と「もうデンマ語なんて忘れちゃったわよね~」などとおしゃべりしながら結婚式が間近に迫っている友達の式場の飾り作りを手伝ったり、何故か当日使うリムジンの試し乗りで街を一周して貰ったりと、キャッキャ、ウフフとデンマークでの春の朗らかな日々を楽しんでいる。そりゃデンマ語も衰退の一途を辿るわけだ。しかし、まず落ちるコトはなかろうとタカを括っているワタシのデンマーク滞在をかけたテストは、学校が再開云々関係なしにやって来るので、そろそろ目の前に人参でもぶら下げなければ・・・。
そんなこんなで、 ワタシの真っ赤な辞書コレクションを公開してやる気を出してみる(果たして出るのか?)。調べてはいないので全くの個人が受けた印象だが、デンマークで辞書を扱っている大手出版社は西のGYLDENDALSか東のPOLITIKENSかという程しか選択肢がない。
写真左の布張りの辞書4冊はGYLDENDALS。左下のデンマ語→独語、独語→デンマ語は通常 300kr. するところを型落ちで各100kr. で手に入れた。このサイズは最もスタンダードなタイプで、対英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、オランダ語、ロシア語、ラテンと種類も多く、改訂もよくされている。その後ポケット辞書を入手したので全くと言って出番がないが、たまに開いてはニヤニヤしている。
ちょっと色の違う右の上下はスーパー(で売られている)辞書。これ等はPOLITIKENSのものでそれぞれCD付で100kr.(確かセールだったが、通常店頭価格も150kr.程度と高くはない)。右下の英語⇔デンマ語はポケット辞書ではカバーしきれない所を補おうと思いその場で買ったが、語彙数に余り差がなかった。 まぁまぁ見やすい(が、ポケット辞典と同じく不規則動詞の変化形などは載っていない)。右上のデンデン辞書はその辺がしっかり載っていて、名詞の性とか、動詞の変化形とか、句動詞とかきちんと収められている(しかし巻末に不規則動詞一覧表掲載とかいう優しさはない)。
そして左上は最近入手した凶器的な重さを誇るデンマ語→英語(ページ数、驚きの2610頁)。定価ではまず購買意欲という単語さえ忘れてしまいそうな金額なのだが、1/8以下の破格の150kr. でも売れ残り、今にも送り返されそうになっていた中から一冊を救出した(これがもし、左下と同じスタンダードなサイズのデンマ語⇔英語ならもっと売れていたと思う)。この辞典に出会った日のワタシの財布には、150kr.きっかりしか入っていなかったので運命だったとすら思っている。最少単位のコインである50ウーレまで綺麗に使い切ったのはさすがに気持ち良かった。更に後日無事に英語→デンマ語も150kr.で手に入れた。定価が1,000kr. なのでとってもお買い得に見えてくる。辞書は正直高いので常に売ります上げますサイトのDBAでチェックしていたけれど、良い状態の物に巡り合えず、これ等全て新品。大事に大事に使おうと思っている。
番外編の子供用辞典+α
左からGYLDENDALSの子供用辞典。これも型落ちで 60kr. 改訂版は200kr. なので巡り合えたのはラッキーだった。全てデンマ語だがイラスト満載。写真左下のドラゴンが凧を上げて遊んでいる様子が描かれている挿絵など、絶妙だった。ちなみにドラゴンも凧もdrage(-en)だ。
その隣がPOLITIKENSの子供用英語→デンマ語、デンマ語→英語辞書。CD付。去年の夏、家具を探している時に古本扱いの30kr.で購入。 状態が良く、ホクホクしていたが、書店でもセールで60kr.で投げ売りされていた。定価はいくらなんだろう?とにかくラッキー。
黄色と黒のCD辞書は同じくPOLITIKENS。めったに使わないが、写真上のスーパーで買える辞書の付録には太刀打ちできない語彙を持つ。確か50kr.だったが、定価は700kr.だった気がする。まず、買えないな。定価では。
唯一定価で買ったのが、右端のポケット辞書。100kr.。ポケット辞典はPOLITIKENSからも出ている。価格も同じ。他にもっと簡素な辞書がたまにスーパーで50kr.位で売られているが、出版社はわからない。
他に携帯に入れているアプリを入れたら軽く総額1,000kr.は超えた。さて、取り戻すかな。
未だ語学学校が再開されずヒマだ。学校の友達と「もうデンマ語なんて忘れちゃったわよね~」などとおしゃべりしながら結婚式が間近に迫っている友達の式場の飾り作りを手伝ったり、何故か当日使うリムジンの試し乗りで街を一周して貰ったりと、キャッキャ、ウフフとデンマークでの春の朗らかな日々を楽しんでいる。そりゃデンマ語も衰退の一途を辿るわけだ。しかし、まず落ちるコトはなかろうとタカを括っているワタシのデンマーク滞在をかけたテストは、学校が再開云々関係なしにやって来るので、そろそろ目の前に人参でもぶら下げなければ・・・。
そんなこんなで、 ワタシの真っ赤な辞書コレクションを公開してやる気を出してみる(果たして出るのか?)。調べてはいないので全くの個人が受けた印象だが、デンマークで辞書を扱っている大手出版社は西のGYLDENDALSか東のPOLITIKENSかという程しか選択肢がない。
写真左の布張りの辞書4冊はGYLDENDALS。左下のデンマ語→独語、独語→デンマ語は通常 300kr. するところを型落ちで各100kr. で手に入れた。このサイズは最もスタンダードなタイプで、対英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、オランダ語、ロシア語、ラテンと種類も多く、改訂もよくされている。その後ポケット辞書を入手したので全くと言って出番がないが、たまに開いてはニヤニヤしている。
ちょっと色の違う右の上下はスーパー(で売られている)辞書。これ等はPOLITIKENSのものでそれぞれCD付で100kr.(確かセールだったが、通常店頭価格も150kr.程度と高くはない)。右下の英語⇔デンマ語はポケット辞書ではカバーしきれない所を補おうと思いその場で買ったが、語彙数に余り差がなかった。 まぁまぁ見やすい(が、ポケット辞典と同じく不規則動詞の変化形などは載っていない)。右上のデンデン辞書はその辺がしっかり載っていて、名詞の性とか、動詞の変化形とか、句動詞とかきちんと収められている(しかし巻末に不規則動詞一覧表掲載とかいう優しさはない)。
そして左上は最近入手した凶器的な重さを誇るデンマ語→英語(ページ数、驚きの2610頁)。定価ではまず購買意欲という単語さえ忘れてしまいそうな金額なのだが、1/8以下の破格の150kr. でも売れ残り、今にも送り返されそうになっていた中から一冊を救出した(これがもし、左下と同じスタンダードなサイズのデンマ語⇔英語ならもっと売れていたと思う)。この辞典に出会った日のワタシの財布には、150kr.きっかりしか入っていなかったので運命だったとすら思っている。最少単位のコインである50ウーレまで綺麗に使い切ったのはさすがに気持ち良かった。更に後日無事に英語→デンマ語も150kr.で手に入れた。定価が1,000kr. なのでとってもお買い得に見えてくる。辞書は正直高いので常に売ります上げますサイトのDBAでチェックしていたけれど、良い状態の物に巡り合えず、これ等全て新品。大事に大事に使おうと思っている。
番外編の子供用辞典+α
左からGYLDENDALSの子供用辞典。これも型落ちで 60kr. 改訂版は200kr. なので巡り合えたのはラッキーだった。全てデンマ語だがイラスト満載。写真左下のドラゴンが凧を上げて遊んでいる様子が描かれている挿絵など、絶妙だった。ちなみにドラゴンも凧もdrage(-en)だ。
その隣がPOLITIKENSの子供用英語→デンマ語、デンマ語→英語辞書。CD付。去年の夏、家具を探している時に古本扱いの30kr.で購入。 状態が良く、ホクホクしていたが、書店でもセールで60kr.で投げ売りされていた。定価はいくらなんだろう?とにかくラッキー。
黄色と黒のCD辞書は同じくPOLITIKENS。めったに使わないが、写真上のスーパーで買える辞書の付録には太刀打ちできない語彙を持つ。確か50kr.だったが、定価は700kr.だった気がする。まず、買えないな。定価では。
唯一定価で買ったのが、右端のポケット辞書。100kr.。ポケット辞典はPOLITIKENSからも出ている。価格も同じ。他にもっと簡素な辞書がたまにスーパーで50kr.位で売られているが、出版社はわからない。
他に携帯に入れているアプリを入れたら軽く総額1,000kr.は超えた。さて、取り戻すかな。
4.30.2013
語学学校についてワタシが話そう
予想以上に長引いたロックアウトが政府の介入によりようやく終了した。自宅待機型春休み中にすっかり語学学校が恋しくなっていたので、語学学校について書いてみようと思う。デンマークの語学学校のシステムを説明するのに一番てっとり早いのは下記の表だろう。元のデータが見ずらかったので書き直し、外国人向けデンマ語学習教材についていたCEFRとのレベル比較も加筆してみた(Wikiにデンマ語版がなかっただけで、勿論B1以上もあるだろう。ところでNHKって良い仕事するな)。
一番右のCERFは置いておいて、語学学校は Danskuddannelse の1、2、3に分けられ、それぞれ最終試験の Prøve i Dansk を筆記、口頭共受かって語学学校終了となる(らしい)。少し歪んだ階段箪笥と言った感じか。ワタシの理解が正しければDanskuddannelse 1(以下D1)はアルファベットから始まるレベル。母国で十分な教育を受けられなかったとか、全く違うアルファベットを使っていたとか。てっとり早く言うと難民枠。D2は会話中心と 聞くが、D3との違いが良くわからない。D3は母国で高等教育を終えたヒト対象とあり、永住権の申請に必要なのがPrøve i Dansk3(以下PD3)なのだから、それよりは少し易しめなのだろう。語学学校の説明はココ。 モジュールを終え、次のモジュールに進む為のテストがモジュールテストで、そのレベルにあった試験方法で判定されるらしい(とあるモジュールテストはリスニング、ライティング、スピーキングと揃っているのが、別のレベルではライティングのみとか)。ちなみにモジュールが上に進むにつれて欄が長くなっているのは、ワタシのミスではなく、より時間がかかるという意味(だろう。餅は餅屋。語学学校の説明はココ)。PD3を好成績で合格すれば、大学準備コースに進めるらしい。
前置きが長くなったが、語学学校が始まる直前のクリスマス休暇中に夏に購入するも放置していたテキスト丸々2冊とやり残していた1冊を何とか詰め込んだお陰か、レベルチェックの結果、何とかD3のモジュール3からワタシの語学学校生活が始まった(それもこれも食事の準備の必要もなく、上げ膳据え膳で食う、寝る、学ぶと自由にさせてくれたお義母サマのお陰です。ありがとうございます)。このデンマ語能力が測られるレベルチェックだが、デンマークに1年間の高校交換留学した人や、高校数学教師としてスウェーデンに3年働いていた人でD3モジュール4という例を聞いた。ちなみに、学校にもよると思うがこのクラスの呼び方は「D3モジュール4」を「D3M4」と略したり、モジュール4が4.1と4.2に分かれていたりする。
ワタシのクラスメートの平均年齢はワタシが押し上げていても20代半ばである。ほとんどが学校を終えたばかりで、頭がお勉強モードのままというのもあるだろう、割とレスポンスが早く、授業を一緒に受けていて気持ちが良い。クラスには同じくモジュール3から始めるも、クラスに付いて行けず苦しそうにしていたクラスメートがいたが、2人共モジュールを下げて、新しいクラスでのびのび学んでいる。 対局的にいっぱい、いっぱいなのは割と非ヨーロピアン。小さいお子さんが2人もいるロシアの貴婦人(旦那さんもロシア人)は「デンマ語なんて、この授業でしか学ぶ時間が無いわよ~」と言いつつもクラスに付いて行っているツワモノ だ。ある意味凄い。
そしてこの語学学校は条件を満たしていたら3年間無料だ(しかし、3年以内に最終試験に合格 しないと、結構なお値段を自腹で払ってでも合格しなければいけないのだ)。クラスメートの中には語学学校に通えるのが今年いっぱいという生徒もいて志気が高い。 先生も何とか11月のPD3のテストに間に合うようにとビシバシと容赦ない(愛だぜ、愛、愛)。そう、これらPD1、PD2、PD3の最終試験は年に2度しか行われないのだ。長過ぎたロックアウト。5月に筆記、6月に口頭試験を受ける筈だったモジュール5の学生が気の毒で仕方がない。ワタシ達も4月にモジュールテストを受けるハズだったのだが、来月上旬に延期された。
とにかくクラスメートには恵まれている。やっぱり出来るクラスなんだと気付かされたのは、他のクラスから生徒が編入して来たから。「前のクラスも悪くなかったのだけど、何となくリラックスし過ぎていて・・・。もう少しピリっとした空気で学びたいのよね~。」とは、彼女の弁。3人入って来たが、そのうち既に2人はモジュール3のテストをパスしていた。何故?それもこれもワタシ達生徒にテストに落ちるなとのプレッシャーなのか・・・。語学学校について一通り書いてはみたがクラス別けのシステムはよくわからない。まぁ、ようやくわかった頃には語学学校を終えているんだろう。
http://www.kbh-sprogcenter.dk/laer_dansk/undervisningsmodellen
一番右のCERFは置いておいて、語学学校は Danskuddannelse の1、2、3に分けられ、それぞれ最終試験の Prøve i Dansk を筆記、口頭共受かって語学学校終了となる(らしい)。少し歪んだ階段箪笥と言った感じか。ワタシの理解が正しければDanskuddannelse 1(以下D1)はアルファベットから始まるレベル。母国で十分な教育を受けられなかったとか、全く違うアルファベットを使っていたとか。てっとり早く言うと難民枠。D2は会話中心と 聞くが、D3との違いが良くわからない。D3は母国で高等教育を終えたヒト対象とあり、永住権の申請に必要なのがPrøve i Dansk3(以下PD3)なのだから、それよりは少し易しめなのだろう。語学学校の説明はココ。 モジュールを終え、次のモジュールに進む為のテストがモジュールテストで、そのレベルにあった試験方法で判定されるらしい(とあるモジュールテストはリスニング、ライティング、スピーキングと揃っているのが、別のレベルではライティングのみとか)。ちなみにモジュールが上に進むにつれて欄が長くなっているのは、ワタシのミスではなく、より時間がかかるという意味(だろう。餅は餅屋。語学学校の説明はココ)。PD3を好成績で合格すれば、大学準備コースに進めるらしい。
前置きが長くなったが、語学学校が始まる直前のクリスマス休暇中に夏に購入するも放置していたテキスト丸々2冊とやり残していた1冊を何とか詰め込んだお陰か、レベルチェックの結果、何とかD3のモジュール3からワタシの語学学校生活が始まった(それもこれも食事の準備の必要もなく、上げ膳据え膳で食う、寝る、学ぶと自由にさせてくれたお義母サマのお陰です。ありがとうございます)。このデンマ語能力が測られるレベルチェックだが、デンマークに1年間の高校交換留学した人や、高校数学教師としてスウェーデンに3年働いていた人でD3モジュール4という例を聞いた。ちなみに、学校にもよると思うがこのクラスの呼び方は「D3モジュール4」を「D3M4」と略したり、モジュール4が4.1と4.2に分かれていたりする。
ワタシのクラスメートの平均年齢はワタシが押し上げていても20代半ばである。ほとんどが学校を終えたばかりで、頭がお勉強モードのままというのもあるだろう、割とレスポンスが早く、授業を一緒に受けていて気持ちが良い。クラスには同じくモジュール3から始めるも、クラスに付いて行けず苦しそうにしていたクラスメートがいたが、2人共モジュールを下げて、新しいクラスでのびのび学んでいる。 対局的にいっぱい、いっぱいなのは割と非ヨーロピアン。小さいお子さんが2人もいるロシアの貴婦人(旦那さんもロシア人)は「デンマ語なんて、この授業でしか学ぶ時間が無いわよ~」と言いつつもクラスに付いて行っているツワモノ だ。ある意味凄い。
そしてこの語学学校は条件を満たしていたら3年間無料だ(しかし、3年以内に最終試験に合格 しないと、結構なお値段を自腹で払ってでも合格しなければいけないのだ)。クラスメートの中には語学学校に通えるのが今年いっぱいという生徒もいて志気が高い。 先生も何とか11月のPD3のテストに間に合うようにとビシバシと容赦ない(愛だぜ、愛、愛)。そう、これらPD1、PD2、PD3の最終試験は年に2度しか行われないのだ。長過ぎたロックアウト。5月に筆記、6月に口頭試験を受ける筈だったモジュール5の学生が気の毒で仕方がない。ワタシ達も4月にモジュールテストを受けるハズだったのだが、来月上旬に延期された。
とにかくクラスメートには恵まれている。やっぱり出来るクラスなんだと気付かされたのは、他のクラスから生徒が編入して来たから。「前のクラスも悪くなかったのだけど、何となくリラックスし過ぎていて・・・。もう少しピリっとした空気で学びたいのよね~。」とは、彼女の弁。3人入って来たが、そのうち既に2人はモジュール3のテストをパスしていた。何故?それもこれもワタシ達生徒にテストに落ちるなとのプレッシャーなのか・・・。語学学校について一通り書いてはみたがクラス別けのシステムはよくわからない。まぁ、ようやくわかった頃には語学学校を終えているんだろう。
4.23.2013
語彙力5歳
嗚呼、本屋が遠い。物理的な距離ではなくて心理的に。そもそも本が高くて、高くて(それにロクに読めもしない紙にお金を払うのが悔しくて)。いや、これでもデンマークでは5年程前から大型スーパーで本が売られるようになり、本は安くなって来ているらしい(それでもロクに読めもしない紙にお金を払うのが悔しくて、悔しくて)。
物価の高い北欧ではあるが、こちらでは型落ち(?)でたまに版が古くなりそうな本が破格で買えるのだ。しかし何故か本屋に行く度にそれらに出会ってしまった結果、毎回買い求めている感があって「本屋に行く=何か買ってしまう」という数式が出来てしまい、行かなければ買わないだろうという、新・財布の紐の締め方というか、そこまでして締めなくてもというか、何とも悲しい本屋との関係(まぁ、最近は会計カウンターでわざとクリスマスビールが一本いくらだったかを思い出して、罪悪感を払拭するという技を覚えた。人間とは進化する生き物よのう)。
まぁ、そんな型落ち本で、「はじめての子供用辞書」なるものに出会ったのは去年の秋ぐらい。対象年齢が5歳から8歳と謳われている本を3周程したけど、ボキャブラ、ハンパなかったわ。何て言うか、TOEIC対策本のカバーではターゲットスコアを高く揚げておいて、中身は実はそうでもなかったの逆バージョン。わざと対象年齢を低くしておいて、保護者に危機感を与え、買わせようという作戦か?いや、多分5歳児のアタマの中はワンダーランドで、それこそクレヨンがぎっしり詰まっていて、子どもにしか見えない何かで出来ているとか、大人がなくしてしまった何かが大切にしまわれているというか。とにかく凄いな、5歳児。
もっと弁解させて貰えば、日本に生息していない動植物は全滅だろうなとか、子供の遊び関係は無理だなとか、予測はしていた。そもそもヒトの持つボキャブラなどは文化・社会的背景によって違うだろうし、もっと言えば育ってきた家庭環境にすら左右されるからだ(と、ここで猫飼いでなかったワタシが「嬉しくてノドを鳴らす」という単語を知らなかったコトをようやくカミングアウト出来る訳だが)。 違いを薀蓄述べていてもこちらはオトナ。今まで培って来た知恵とテクニックでちゃっちゃとクリアして次のステージ(せめて小学卒業くらい)に進まねばならぬオトナ故の事情がある。幸い動詞の3割は既知、次の3割も曖昧だけど、知らなくはない。残りが未知。形容詞もそこそこ覚えていたのでターゲットは名詞となった(ってか、この辞書、ほとんどが名詞)。この一冊で約2,700語カバー。5歳児(しつこい?)ボキャブラ、なんとかカバー。このふわふわと集まっていた語彙一式をムギューっと押し詰めて、脳の回転速度を下げないで(ってか、上がって!)、働く容量も増えていたらいいな。
5歳児ワンダーランドの内訳は以下。正直スマートフォンに辞書が入っているワタシは5歳児でなくて良かったとすら思うの。
《動物》ヒヒ、《鳥》アオガラ、小児湿疹、《植物》黄花節分草、《植物》ヒョウタン、《動物》アナグマ、花綱、《昆虫》マルハナバチ、クサリヘビ、《イスラム教》〔礼拝をつかさどる〕指導者、小型のそり、投げ縄、《植物》カラマツ(材)、《鳥》シジュウカラ、《動物》テン。テンって以外と可愛い。《料理》レムラード(ソース)に至っては、結構な物をお召し上がりなのですねって感じだ(いや、ケチャップと同じ容器に入ってるのだが)。侮れないな、5歳児。
物価の高い北欧ではあるが、こちらでは型落ち(?)でたまに版が古くなりそうな本が破格で買えるのだ。しかし何故か本屋に行く度にそれらに出会ってしまった結果、毎回買い求めている感があって「本屋に行く=何か買ってしまう」という数式が出来てしまい、行かなければ買わないだろうという、新・財布の紐の締め方というか、そこまでして締めなくてもというか、何とも悲しい本屋との関係(まぁ、最近は会計カウンターでわざとクリスマスビールが一本いくらだったかを思い出して、罪悪感を払拭するという技を覚えた。人間とは進化する生き物よのう)。
まぁ、そんな型落ち本で、「はじめての子供用辞書」なるものに出会ったのは去年の秋ぐらい。対象年齢が5歳から8歳と謳われている本を3周程したけど、ボキャブラ、ハンパなかったわ。何て言うか、TOEIC対策本のカバーではターゲットスコアを高く揚げておいて、中身は実はそうでもなかったの逆バージョン。わざと対象年齢を低くしておいて、保護者に危機感を与え、買わせようという作戦か?いや、多分5歳児のアタマの中はワンダーランドで、それこそクレヨンがぎっしり詰まっていて、子どもにしか見えない何かで出来ているとか、大人がなくしてしまった何かが大切にしまわれているというか。とにかく凄いな、5歳児。
もっと弁解させて貰えば、日本に生息していない動植物は全滅だろうなとか、子供の遊び関係は無理だなとか、予測はしていた。そもそもヒトの持つボキャブラなどは文化・社会的背景によって違うだろうし、もっと言えば育ってきた家庭環境にすら左右されるからだ(と、ここで猫飼いでなかったワタシが「嬉しくてノドを鳴らす」という単語を知らなかったコトをようやくカミングアウト出来る訳だが)。 違いを薀蓄述べていてもこちらはオトナ。今まで培って来た知恵とテクニックでちゃっちゃとクリアして次のステージ(せめて小学卒業くらい)に進まねばならぬオトナ故の事情がある。幸い動詞の3割は既知、次の3割も曖昧だけど、知らなくはない。残りが未知。形容詞もそこそこ覚えていたのでターゲットは名詞となった(ってか、この辞書、ほとんどが名詞)。この一冊で約2,700語カバー。5歳児(しつこい?)ボキャブラ、なんとかカバー。このふわふわと集まっていた語彙一式をムギューっと押し詰めて、脳の回転速度を下げないで(ってか、上がって!)、働く容量も増えていたらいいな。
英語と似ているとは言っても分布体系が全く異なる。顕著なのは高くそびえるSの壁。そう、デンマ語はドSのコトバ。
5歳児ワンダーランドの内訳は以下。正直スマートフォンに辞書が入っているワタシは5歳児でなくて良かったとすら思うの。
《動物》ヒヒ、《鳥》アオガラ、小児湿疹、《植物》黄花節分草、《植物》ヒョウタン、《動物》アナグマ、花綱、《昆虫》マルハナバチ、クサリヘビ、《イスラム教》〔礼拝をつかさどる〕指導者、小型のそり、投げ縄、《植物》カラマツ(材)、《鳥》シジュウカラ、《動物》テン。テンって以外と可愛い。《料理》レムラード(ソース)に至っては、結構な物をお召し上がりなのですねって感じだ(いや、ケチャップと同じ容器に入ってるのだが)。侮れないな、5歳児。
4.16.2013
プラマイゼロ
日本を離れ、早9ヵ月。ワタシの日本語が既にヤバい。いや、ワタシの日本語の拙さなど、このブログが十分に立証しているのだが、これは文章を書くのが苦手だからだとばかり思っていたが、そうではなかったらしい。
話を遡る事1ヵ月。3月のとある週末に欧州に住む日本の友人が遊びに来てくれた。 子供かっ?と突っ込みたくなるほどこの日を指折り数えて待っていたのは、日本人に会うのが久しぶりだったから。大使館の受付の方との会話を除き、マンツーマンでネイティブと日本語を話すなんて、渡欧してから初めてのことだった。今までも日本人の少ない地域に住んでいたコトはあっても、全く話さなかったのはせいぜい1,2か月ではなかっただろうか。
5年ぶりに帰国した時も挙動不審まではいかなかった(と願いたい)が、会話のキャッチボールが成り立たなかった残念な経験がある。例えるなら投げられたボールを取り損ねて、その辺に転がっているボールをワタワタとあわてて捕ってようやく投げるというか。敢えて説明するなら、無意識に出て来る英語をひっこめつつ、かと言って日本語が出てこない間に発せられそうになる何とも表記しがたい「グゥヌウェ」を抑えようと無言で四苦八苦しつつ、日本語を探す感じ。当然相手の方にこちらの不自然な顔の変化に気付かれてしまい、二人の間に流れる微妙な空気。嗚呼、日本人同士の日本語での意思疎通なのにと、情けないどころか自分の存在を消してしまいたかったあの数秒。二度と繰り返したくない(ってか、もう「グゥヌウェ」が完成するくらい何度もやらかしている訳だけど)。
しかし8ヵ月も話さないコトなんて今までなかったので多分話せなくなっているだろうなぁと思い、事前に日本語の本など読んで本番に備えていたつもりだったが、まさかこんなに話せなくなっていたなんて思ってもみなかった。
まず単語が出てこない。「あー、アレ、何て言ったっけ」と、会話がスムーズに進まない。そして文末まで待てない。友人が「~なんて、思わないんですけどね。」とか、変化球を投げている訳ではないのだが、とにかく脳が最後まで頑張ってくれない。キミにデンマ人化を頼んだ記憶はないのだが、まさか自分がSOV文型に泣かされるとは思ってもみなかった。そして、お決まりの脳内言語間移動。普段のデン⇔英に英⇔日が加わっただけで、こんなに辛いとは。しかもこちらに来るまでは英⇔日の方が経験豊富だったのに。反射神経だけは良い方だと思っていたのに。きぃぃぃ。
最近、家族間の会話は発言出来なくても何となく流れにはついて行けるとか、道行く人々の会話が少し拾えるようになって来たとか、デンマ語の上達ぶりに自惚 れていたのだが、そのデンマ語発達はその他の言語の後退によって成り立っていることを身を以て体験した渡欧9ヵ月目。春の日差しが眩しい。
話を遡る事1ヵ月。3月のとある週末に欧州に住む日本の友人が遊びに来てくれた。 子供かっ?と突っ込みたくなるほどこの日を指折り数えて待っていたのは、日本人に会うのが久しぶりだったから。大使館の受付の方との会話を除き、マンツーマンでネイティブと日本語を話すなんて、渡欧してから初めてのことだった。今までも日本人の少ない地域に住んでいたコトはあっても、全く話さなかったのはせいぜい1,2か月ではなかっただろうか。
5年ぶりに帰国した時も挙動不審まではいかなかった(と願いたい)が、会話のキャッチボールが成り立たなかった残念な経験がある。例えるなら投げられたボールを取り損ねて、その辺に転がっているボールをワタワタとあわてて捕ってようやく投げるというか。敢えて説明するなら、無意識に出て来る英語をひっこめつつ、かと言って日本語が出てこない間に発せられそうになる何とも表記しがたい「グゥヌウェ」を抑えようと無言で四苦八苦しつつ、日本語を探す感じ。当然相手の方にこちらの不自然な顔の変化に気付かれてしまい、二人の間に流れる微妙な空気。嗚呼、日本人同士の日本語での意思疎通なのにと、情けないどころか自分の存在を消してしまいたかったあの数秒。二度と繰り返したくない(ってか、もう「グゥヌウェ」が完成するくらい何度もやらかしている訳だけど)。
しかし8ヵ月も話さないコトなんて今までなかったので多分話せなくなっているだろうなぁと思い、事前に日本語の本など読んで本番に備えていたつもりだったが、まさかこんなに話せなくなっていたなんて思ってもみなかった。
まず単語が出てこない。「あー、アレ、何て言ったっけ」と、会話がスムーズに進まない。そして文末まで待てない。友人が「~なんて、思わないんですけどね。」とか、変化球を投げている訳ではないのだが、とにかく脳が最後まで頑張ってくれない。キミにデンマ人化を頼んだ記憶はないのだが、まさか自分がSOV文型に泣かされるとは思ってもみなかった。そして、お決まりの脳内言語間移動。普段のデン⇔英に英⇔日が加わっただけで、こんなに辛いとは。しかもこちらに来るまでは英⇔日の方が経験豊富だったのに。反射神経だけは良い方だと思っていたのに。きぃぃぃ。
最近、家族間の会話は発言出来なくても何となく流れにはついて行けるとか、道行く人々の会話が少し拾えるようになって来たとか、デンマ語の上達ぶりに自惚 れていたのだが、そのデンマ語発達はその他の言語の後退によって成り立っていることを身を以て体験した渡欧9ヵ月目。春の日差しが眩しい。
3.19.2013
そこに壁はあるか?
語学学校が始まって早くも2か月が経とうとしている。お弁当持参の為に一部の食材の消費が飛躍的に増え、週一で購入する黒パンの塊(3日でなくなる)やらレバーペーストやらチーズやらがほぼワタシ一人の胃袋に消える現実をどう受け止めて良いものか。半透明人間冬眠生活から目覚めた脳が活動を開始したと信じたい。
真偽の程は定かではないが、昔のロシアの街にある地図にはその地図のある場所を示す「← You Are Here」 の表示がなく、地図の意味をなさないとの逸話があった。デンマーク語の海に浮かんだ梯子に過ぎないのだろうが、語学学校という枠組みの中で「アナタ(のレベル)はここですよ」と位置付けされて、与えられるまま教材をこなし、導かれるままついて行くのはある意味大変ラクだ。周りに同じレベルで学習している仲間がいるというのも大きいだろうが、やはり餅は餅屋。プロに習うのは一人で疑問を感じつつ学んでいた頃とはかなり違う手応えがある。
学校が始まる前に行われたレベルチェックでは会話・ディクテーション・穴埋め・メールの返信のライティングがなされた。「アナタ、話せないだけで読み書き、聴くのは出来るのね」との喜んで良いかわからない試験官の感想に言葉が詰まった。うーん。正直にデンマ語を話したのはその日が2度目だったが、テスト内容はもっと難しくても良かった旨を伝えると今度は試験官が困っていた(うっ。そう言えばドイツでデンマ語を取っていたから、嘘をついていたことになる。正確には来デン半年で2度目だったか。何れにせよ、試験官さん、ごめんなさい。ちなみにそれまで唯一デンマ語を話した経験は、お婆サマから頂いた結婚祝いのお礼。いかにワタシが温い生活をしているかがわかる)。
何とか初級からのスタートは免れて始まった語学学校。どんなインターナショナルなクラスに当たるんだろう?と期待に胸を膨らませて向かった教室にはヨーロッパ人しかいなかった。(デンマークには全く関係ないけれど)アファーマティブ・アクションって何だったっけ?と思うくらい真っ白。春の陽気に浮かれていないで紫外線対策しておかないとな、と思うくらい真っ白。とにかく笑っちゃうくらい真っ白。聞けばほとんどが在デン2年半から5年のベテランさん達。皆さん一体、何故ここに?
しかし授業が始まると、そこまで恐れることはなさそうな感触。「なんだ、みんな話せないぢゃんw」と油断していたら、皆さんアルファベートの国のご出身だけあって、流石に読める・書ける。早速ビシバシしごかれた。しかし大人しいフリをしていられたのも数日だけで、他のクラスメートが答えられない時に発言していたら、徐々に助け舟出し隊としての頭角を現し、今ではお笑い要員としての地位を確立した(だって、黙っていたら先生も困るし、何か勿体なくない?)。在デンの先人のブログを読んでは「どんな怖いクラスメートがいるんだろう?」と戦々恐々としていたのだが、そんなクラスに一人はいそうな面倒くさい人物とはワタシのコトだったかもしれない。まぁ、いいや。その後、しばらく休んでいたというクラスメートがポツリポツリと姿を現した。どうやらアジア人がワタシ一人という訳ではなさそうだ。やれやれ。
よく耳にする東洋・西洋言語間に現れる壁とやらにはまだ出くわしていない。いや、多分既に現れていても認めたくないだけだろう。まぁ、そのうち直面する筈なので奢ることなく、そして恐れることなく準備だけはしておこうと思う。
真偽の程は定かではないが、昔のロシアの街にある地図にはその地図のある場所を示す「← You Are Here」 の表示がなく、地図の意味をなさないとの逸話があった。デンマーク語の海に浮かんだ梯子に過ぎないのだろうが、語学学校という枠組みの中で「アナタ(のレベル)はここですよ」と位置付けされて、与えられるまま教材をこなし、導かれるままついて行くのはある意味大変ラクだ。周りに同じレベルで学習している仲間がいるというのも大きいだろうが、やはり餅は餅屋。プロに習うのは一人で疑問を感じつつ学んでいた頃とはかなり違う手応えがある。
学校が始まる前に行われたレベルチェックでは会話・ディクテーション・穴埋め・メールの返信のライティングがなされた。「アナタ、話せないだけで読み書き、聴くのは出来るのね」との喜んで良いかわからない試験官の感想に言葉が詰まった。うーん。正直にデンマ語を話したのはその日が2度目だったが、テスト内容はもっと難しくても良かった旨を伝えると今度は試験官が困っていた(うっ。そう言えばドイツでデンマ語を取っていたから、嘘をついていたことになる。正確には来デン半年で2度目だったか。何れにせよ、試験官さん、ごめんなさい。ちなみにそれまで唯一デンマ語を話した経験は、お婆サマから頂いた結婚祝いのお礼。いかにワタシが温い生活をしているかがわかる)。
何とか初級からのスタートは免れて始まった語学学校。どんなインターナショナルなクラスに当たるんだろう?と期待に胸を膨らませて向かった教室にはヨーロッパ人しかいなかった。(デンマークには全く関係ないけれど)アファーマティブ・アクションって何だったっけ?と思うくらい真っ白。春の陽気に浮かれていないで紫外線対策しておかないとな、と思うくらい真っ白。とにかく笑っちゃうくらい真っ白。聞けばほとんどが在デン2年半から5年のベテランさん達。皆さん一体、何故ここに?
しかし授業が始まると、そこまで恐れることはなさそうな感触。「なんだ、みんな話せないぢゃんw」と油断していたら、皆さんアルファベートの国のご出身だけあって、流石に読める・書ける。早速ビシバシしごかれた。しかし大人しいフリをしていられたのも数日だけで、他のクラスメートが答えられない時に発言していたら、徐々に助け舟出し隊としての頭角を現し、今ではお笑い要員としての地位を確立した(だって、黙っていたら先生も困るし、何か勿体なくない?)。在デンの先人のブログを読んでは「どんな怖いクラスメートがいるんだろう?」と戦々恐々としていたのだが、そんなクラスに一人はいそうな面倒くさい人物とはワタシのコトだったかもしれない。まぁ、いいや。その後、しばらく休んでいたというクラスメートがポツリポツリと姿を現した。どうやらアジア人がワタシ一人という訳ではなさそうだ。やれやれ。
よく耳にする東洋・西洋言語間に現れる壁とやらにはまだ出くわしていない。いや、多分既に現れていても認めたくないだけだろう。まぁ、そのうち直面する筈なので奢ることなく、そして恐れることなく準備だけはしておこうと思う。
そうだよね。コトバが出来なかったら薬も買えないしね。写真は点字付頭痛薬の箱。
見えない壁について薀蓄語るより、見える優しさにほっこりして取説でボキャブラでも増やすコトにするわ。
見えない壁について薀蓄語るより、見える優しさにほっこりして取説でボキャブラでも増やすコトにするわ。
3.12.2013
期待しない力
先日の春の陽気から一転して、一気に「暖かくない日常」に戻った。何のことはない、暖かかった頃にわずかに点けておいた暖房を消したのだが、それををすっかり忘れていた為、ダブルで寒く感じただけである。スイッチひとつで快適な生活環境が得られることはありがたい。それはさて置き、思わず感心した出来事があった。配管工が工事を終わらせてくれたのだ。しかもデンマークとしては驚異的なスピードで。
しばらく留守にすると水の跡がくっきり残る、きちんと水が止まらない蛇口に彼が業を煮やしたのが火曜日の夜。ワタシ達の住んでいるアパートは賃貸なので、修理は大家の了解がいる(勿論経費の負担も大家だ)。大家に連絡したのが水曜日。木曜日か金曜日に工事の業者が来るという。在デン8ヵ月のワタシが受けた印象では、この手の業者さん達も朝は早い。一件目のアポが8時とか普通なのだろうが、流石にそこまで早いのは勘弁との旨を伝えておいた。
出社を遅らせて彼がスタンバイしていたが、全く連絡がないまま木曜が過ぎた。金曜日、「今日もダメだったね」と彼が仕事に出かけてから業者がひょっこり現れた。確かに午前中とは言え、予定を軽く1時間オーバーだ。だからと言って、帰って貰う訳にはいかない。全く心の準備が出来ていなかったワタシが持ち合わせた全てのデンマ語を駆使して状況を説明し、こちらの要望を何とか伝えた。職業云々でひとくくりにするのは嫌だが、彼等に英語が通じないことが多い(だからこそ彼に待機して貰っていたのだが)。
そんなワタシの心配をよそに、業者さんは嬉しいサプライズと共に作業を終わらせてくれた。
サプライズ(其の壱):
玄関で靴を脱いでくれた。 そんなコトをしてくれた業者はキミが初めてだよ!
サプライズ(其の弐):
業者さん: 「今は手持ちの部品がないから30分後にまた来るよ」 → ホントに戻って来た(以前、帰ったまま戻ってこない業者がいたな・・・)
サプライズ(其の参):
ワタシ: 「遅くても○○時には家を出る必要があるんだけど」 → 時間余裕で作業終了!
作業終了後の水回りは当然掃除がなされた形跡が全くなくて、ぐちゃぐちゃだったし、かけておいたハンドタオルも使われて思いっきり汚れていたけど、終わり良ければ全て良し。取り換えた古い蛇口も業者さんが持って行ってくれたではないか(ウチには取り外された後再利用の予定など全くない古い換気扇がありましてね・・・)!
無駄なストレスを消費することなく快適なデンマーク生活を過ごすのに必要なのは期待しない力だと密かに思う。
クリスマスの飾りのパターン。日頃大雑把に見える彼等だけど、単に出来ないフリをしているだけだと思う。論点はそこではなくて、“Power of Low Expectations”を「期待しない力」としか訳せないワタシの日本語の方が問題だ。嗚呼、どうしよう。
しばらく留守にすると水の跡がくっきり残る、きちんと水が止まらない蛇口に彼が業を煮やしたのが火曜日の夜。ワタシ達の住んでいるアパートは賃貸なので、修理は大家の了解がいる(勿論経費の負担も大家だ)。大家に連絡したのが水曜日。木曜日か金曜日に工事の業者が来るという。在デン8ヵ月のワタシが受けた印象では、この手の業者さん達も朝は早い。一件目のアポが8時とか普通なのだろうが、流石にそこまで早いのは勘弁との旨を伝えておいた。
出社を遅らせて彼がスタンバイしていたが、全く連絡がないまま木曜が過ぎた。金曜日、「今日もダメだったね」と彼が仕事に出かけてから業者がひょっこり現れた。確かに午前中とは言え、予定を軽く1時間オーバーだ。だからと言って、帰って貰う訳にはいかない。全く心の準備が出来ていなかったワタシが持ち合わせた全てのデンマ語を駆使して状況を説明し、こちらの要望を何とか伝えた。職業云々でひとくくりにするのは嫌だが、彼等に英語が通じないことが多い(だからこそ彼に待機して貰っていたのだが)。
そんなワタシの心配をよそに、業者さんは嬉しいサプライズと共に作業を終わらせてくれた。
サプライズ(其の壱):
玄関で靴を脱いでくれた。 そんなコトをしてくれた業者はキミが初めてだよ!
サプライズ(其の弐):
業者さん: 「今は手持ちの部品がないから30分後にまた来るよ」 → ホントに戻って来た(以前、帰ったまま戻ってこない業者がいたな・・・)
サプライズ(其の参):
ワタシ: 「遅くても○○時には家を出る必要があるんだけど」 → 時間余裕で作業終了!
作業終了後の水回りは当然掃除がなされた形跡が全くなくて、ぐちゃぐちゃだったし、かけておいたハンドタオルも使われて思いっきり汚れていたけど、終わり良ければ全て良し。取り換えた古い蛇口も業者さんが持って行ってくれたではないか(ウチには取り外された後再利用の予定など全くない古い換気扇がありましてね・・・)!
無駄なストレスを消費することなく快適なデンマーク生活を過ごすのに必要なのは期待しない力だと密かに思う。
クリスマスの飾りのパターン。日頃大雑把に見える彼等だけど、単に出来ないフリをしているだけだと思う。論点はそこではなくて、“Power of Low Expectations”を「期待しない力」としか訳せないワタシの日本語の方が問題だ。嗚呼、どうしよう。
11.14.2012
Forbrydelsen III
最近ハマっているテレビドラマがある。アメリカでもリメイク(Killing
主人公はクライムシーンの警察官という設定でいつも同じセーター。衣装代がかかってなさそうと思いきや、今シリーズではちょくちょく変わっていて面白い。 何でもシーズン1のセーター(写真上)は良く売れたそうだが、ワタシとしては主人公(Sofie Gråbøl)の疲れた表情からただただ女優魂を感じるだけである。
話は変わるけど(いや、わかるヒトにはわかる)、スウェーデン語(以下スウェ語)って可愛いね。懐かしいあの抑揚のある響き。(確かにデンマ語の字幕があったが)習ったことのないスウェ語が聞き取れてデンマ語が聞き取れない自分に苛立ちつつ、じっくり付き合って行くしかないなと、半ば開き直りモードである。
何はともあれ、最終回まで目が離せない。それまでデンマ語も頑張ろうね。次回はもう少し聞き取れたら良いね。
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